ゼミナール

「用と美」ゼミナール

モノ探訪 ⑥

こだわりのものづくりが生んだ逸品
Made in Kojima のジーンズ

2017年2月1日更新

日本のジーンズ発祥の地、倉敷市児島
こだわりを追求し、新たな発想でつくる製品は
国内外のジーンズ愛好者注目を集めています。

良質な綿花の産地がアパレル産業の街に

本州と四国を結ぶ瀬戸大橋の本州側のゲートである岡山県倉敷市児島地区。この地は、国産ジーンズの第一号が生まれた場所であり、「日本のジーンズの聖地」と呼ばれています。丁寧につくられた質の高い児島製のジーンズは、国内外で高く評価され、現在、児島には、ジーンズ関連の企業が200近くもあります。

児島でジーンズがつくられるようになったのは、地域性と産業の歴史が大きく関わっています。地名が表すように、もとは島だった場所で、江戸時代半ばに農地を拡げるために干拓が進められました。しかし、塩分を多く含んだ土壌と「晴れの国」と呼ばれる降水量の少ない気候は、米づくりには適さないために綿花が栽培されるようになり、製糸業や撚糸業、製織業などが栄えました。昭和に入るとアパレル産業が盛んになり、最盛期、綿製の学生服の全国シェアの9割が児島製でした。

ジーンズミュージアムに展示された70年代の国産ジーンズ。生地はまだアメリカから輸入していた。

「ジーンズステーション」の愛称がつけられている
JR児島駅。コインロッカーの扉には、ジーンズが!

駅前の通路に吊るされたジーンズが「日本のジーンズの聖地」を訪ねてきた人たちを出迎える。

児島では学生服、ワーキングウエア―のメーカーが増え、自然淘汰もされていきました。そんな中で新しい産業を模索し、挑戦したのがジーンズづくりだったのです。1965年にマルオ被服(現在のビッグジョン)が国産第一号のジーンズを発売。当時は、ジーンズにできるような厚手の生地を織る機械がなく、それを縫えるミシンもないなどの壁があり、アメリカからデニム(ジーンズの生地)やミシンを輸入するなど、試行錯誤の中で誕生した国産製品でした。そして、その8年後の1973年、国産の糸と布、ボタンで、日本で初めての純国産ジーンズがつくられました。

国産ジーンズは、誕生当初はあまり注目されませんでしたが、1970年代に入るとジーンズブームが起こり、児島では学生服や作業服を生産していた会社の多くがジーンズに転業しました。

つくりたいジーンズを、ただ愚直につくる

履き心地の良さを追求した「桃太郎JEANS」。バックポケットの2本線は出陣の、のぼり旗がモチーフ。

価格が安いファストファッションが台頭しても、児島のジーンズメーカーは、その流れには乗りませんでした。追求したのは、「つくりたいもの、他にはない価値のあるジーンズをつくること」。

「桃太郎JEANS」「JAPAN BLUE JEANS」などのブランドを展開する株式会社ジャパンブルーは、生地メーカーからスタートした会社です。同社は世界で初めて、ヨーロッパで主に高級ドレスシャツに使われていたジンバブエコットンを使ったジーンズの生地をつくりました。しなやかで、日本の伝統的な藍の色を合成インディゴ染めで再現した奥行きの深い"ジャパンブルー"カラーの生地はヨーロッパの高級ブランドからも認められ、採用されるようになりました。

アフリカの高地で栽培され、手摘みされるジンバブエコットンは、白度に優れ、繊維の均整度が高いのが特徴。ソフトで光沢があり、染色も美しく仕上がり、ジーンズになれば着用感が非常に良いのです。

多彩なシルエットのジーンズがラインナップする、「桃太郎JEANS 児島味野本店」の店内。

使用感や穴などを表現した加工ジーンズの生産は、児島が発祥の地(JAPAN BLUE JEANS 児島店)

同社は生地だけにとどまらず、はき心地を追求したジーンズの生産にも取り組み、2006年、ジンバブエコットンで織りあげた生地でつくる「桃太郎JEANS」を立ち上げました。「岡山と言えば桃太郎、桃太郎と言えば岡山」という、地元への思いを込めたブランド名。出陣の「のぼり旗」をモチーフにしたポケットの二本線は、ジーンズ愛好者の間ではすっかりおなじみになりました。「桃太郎JEANS」は、そのやわらかさと体へのなじみの良さから、「一度はくと、もう一度はきたくなる」とユーザーが口にする、リピーターの多いジーンズであることで知られています。

ローテクだからこそ生まれるもの

中畦製織工場では10台の織機がフル稼働。

倉敷市児島と岡山市街の中間に位置する、同社の中畦製織工場。工場内に入ると、絶え間なく響く重厚でリズム感のある織機の音に圧倒されます。工場では、現在では製造されていない豊田自動織機社製の旧式力織機をメンテナンスしながら使用。
「最新のデジタルな機械は均一に織ることができるのですが、生地がのっぺりとしてしまい、昔のジーンズのような凹凸が出ないんです」と、同社広報の木村克也さんは言います。ヨコ糸を巻いた舟形シャトルを動力で叩いて行き来させるアナログな動きが、かつてのジーンズが持ち合わせていた独特なラフ感や凹凸のある素材感など、ノスタルジックな風合いを生み出すのです。

工場内には織機のハードな音が常に響いているため、職人は耳栓をしている。年季の入った織機はいい状態で長年使えるように、日ごろからメンテナンスを行っている
(写真提供:株式会社ジャパンブルー)

豊田自動織機社製の旧式力織機「GL-9」。最新の機械と比べると、生産量は5分の1と効率は良くないが、ジーンズ独特の風合いを出すために、あえてローテクな織機を使っている。

かつてのジーンズが持ち合わせていた凹凸のある生地を再現する織り上がり。

児島のジーンズメーカーのショップが軒を並べる「児島ジーンズストリート」の中にある縫製工場を訪ねると、「ジーッ」「カタカタ」という音だけが聞こえる空間の中、女性の職人たちが作業に取り組んでいました。

15種類の特殊ミシンや機械を使用し、30ほどの縫製工程を経て、1本のジーンズをつくっています。

縫製工場で使っているミシンは古いものだと40~50年前のもので、ミシン会社に改造を依頼して、同社のジーンズ用にカスタマイズしているそう。「内股用」「外股用」「尻マキ・バックヨーク用」といった具合に、部位ごとに異なる構造のミシンで丁寧に縫っていきます。糸は、ヴィンテージジーンズ(1960年代までに発売された名作ジーンズ)同様に綿糸で縫製。ポリエステル糸では、経年変化で糸だけがきれいに浮いたような印象になってしまうからだといいます。

デニム生地に囲まれ、ゆっくりとした時間が流れる空間。工場というより工房という名の方が似合う、そんな場所です。

職人たちがミシンに向かう 桃太郎ジーンズ味野工場。

本場アメリカでジーンズ製造に使用されていた「ユニオンスペシャル社」のミシンを入手し、カスタマイズ。こうしたミシンでなければ、ヴィンテージジーンズに見られるような裾や巻き縫い部分のねじれやパッカリング※など経年変化によるジーンズの味わいが出てこないという。

※洗濯や擦れなど経年変化で、ジーンズの裾のうねりに対して色の濃淡が出るとき、その原因となるうねりをパッカリングと呼ぶ。

工程に応じたミシンで縫製

フロントポケットにスレーキと呼ばれる内袋を縫いつける。

後ろ姿の印象を決めるバックポケットを身ごろに縫いつける。

バックヨーク(尻側のウエストの帯の下部分)、尻マキ(お尻の中央)を縫う。

内股ステッチの工程。縫い合わせた部分を補強するため、生地の表側から再度縫っていく。装飾としても重要で、ステッチによって表情が変わる。

ウエストの帯を取り付ける。

スペシャルユニオン社のミシンで裾上げすることで、履き込むと裾のパッカリングが出るようになる。

(工程写真提供:株式会社ジャパンブルー)

新たなつくり手の受け皿でもある児島ジーンズストリート

33のジーンズ関連ショップが並ぶ児島ジーンズストリート。手前の店舗は、以前、郵便局だった建物。

ストリート内には、カフェや雑貨などを扱う店も。この店では、ジーンズをイメージしたブルーのソフトクリーム「インディゴソフト」が味わえる。

児島地区の味野商店街にある児島ジーンズストリート。ここは、ジーンズ関連メーカーの33の直営店があり、週末には個性的なジーンズを求めてたくさんの若者や観光客が訪れます。シャッター通りだった商店街ですが、しもた屋や古い和風住宅をリニューアルした、瀟洒な構えの店が新しい風景をつくっています。

昔から、自分で事業を興す人が多いという児島。ジーンズ産業で働く若い人たちの中にも、独立して自分のブランドを立ち上げる人が少なくないといい、このジーンズストリートはそんな人たちが初めて出店する場所にもなっています。「ジーンズストリートの中には全国的なブランドは少なく、大半が児島でしか入手できないジーンズを扱っているショップです」(木村さん)

生産効率など微塵も考えずに、ひたすら自由に、自分たちの目指すジーンズをつくる――そんなものづくりのマインドが児島には深く根付いているのです。

ジーンズストリート入口の大胆なサイン。年間15万人が訪れる人気スポットになっている。

ストリートの道路もインディゴカラーで舗装。

ジーンズストリートのゆるキャラ「Gパンだ」が描かれたデニム生地を巻いたワゴンを発見。

和風住宅を店舗にしたショップ。ゆったりとした気分で商品が選べそう(JAPAN BLUE JEANS 児島店)

児島ジーンズストリート

JR瀬戸大橋線 児島駅下車 徒歩で約15分
バスで約2~6分(児島文化センター前、大正橋、野崎家旧宅前)
http://jeans-street.com/

Topics

すべてを手で仕上げる究極のジーンズ

「ジーンズが日本発祥だったら、どうなるのだろう」という思いから生まれた、全工程を職人の手でつくり上げる桃太郎ジーンズの「金丹レーベル」。糸は藍で手染めし、西陣から取り寄せて改良した足踏み織機で職人が生地を織ります。

ウエストのボタンは純銀、ウエストのバックに付いているラベルは手縫い刺繍、バックヨ―クの裏地は藍染めのシルクといった具合に、すみずみまでにこだわり、つくりを極めたジーンズです。 価格は19万円。製作に時間がかかるため、現在は一時的に受注をストップしています。

発酵した藍液に糸をくぐらせると、最初は茶褐色に。空気に触れると酸化して青くなる。色の様子を見ながら藍液で染めを繰り返す。

染めた糸を水洗いすると、青以外の色が落ちていく。3~4日干して乾かし、色が薄ければ染めを繰り返す。

手織りの生地は、やわらかく、ふんわりとした仕上がり。「均一に力を入れければならないところが難しいですね」と、職人の池田一貴さん。1日に織ることができるのは、わずか80cm。

趣のあるブルーに染まった「金丹レーベル」のジーンズ。糸の中心まで藍で染まるのでほとんど色落ちしないという。一般的なジーンズは、合成インディゴで表面のみに染色されるため、色落ちして白くなる部分が出てくる。

Column

ジーンズの歴史がわかるミュージアム

ジーンズメーカー、Betty Smithによるジーンズミュージアム。アメリカで誕生したジーンズの歴史がわかる1号館と、児島発祥の国産ジーンズの展示に特化した2号館があります。児島ジーンズストリートから車で約10分。

岡山県倉敷市児島下の町5丁目2番70号 TEL.086-473-4460
開館時間/9:00~18:00 定休日/年末年始 入場無料
http://www.betty.co.jp/museum/

ミュージアムは「ジーンズミュージアム&ヴィレッジ」の中にあり、ジーンズづくり体験施設やファクトリーアウトレットなどもある。

取材:2017年1月
撮影:銭場千夏(株式会社フレンズ)

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