ゼミナール

「用と美」ゼミナール

モノ探訪 ⑤

華やかな色に繊細な透かし彫り
心地よいゆらぎの風をおこす奈良団扇

2016年8月1日更新

春日大社の神官がつくったことが起源と伝えられている
美しく実用的な奈良団扇。
その技を受け継ぐのは、日本で唯一の専門店の若き6代目です。

奈良時代、春日大社で団扇がつくられていた

奈良・明日香村の高松塚古墳。その壁画に描かれた女性が手にしているのは団扇(うちわ)。今、団扇と言えば、風をおこすためのものですが、古代、団扇は中国から魔除けとして伝えられ、儀式や祭礼に使われていました。

奈良時代、春日大社では神官の手内職として団扇がつくられ、これが奈良団扇の起源と言われています。「禰宜(ねぎ)団扇と呼ばれる渋団扇(柿渋を塗った団扇)で、春日大社の神職である禰宜が、宮司など上位の人が使うものとしてつくっていたようです」と言うのは、奈良団扇の製造・販売を手がける池田含香堂(がんこうどう)の池田匡志さん。

160年前に創業した池田含香堂は、奈良団扇の製造を手がける唯一の専門店。若草山を望み、興福寺や春日大社へと向かう三条通り沿いにある店舗には、色鮮やかな奈良団扇が並んでいます。盆地特有の暑さの中をそぞろ歩く観光客は、ひとときの涼を求めるかのように店頭の団扇に目を留めます。

高松塚古墳西壁の女子群像の壁画には、団扇を手にした女性(左端)が描かれている。古代、団扇は儀式や祭礼に使われるものだった。

写真提供:明日香村教育委員会

春日大社の鳥居の前に立つ鹿。鹿島神宮(茨城県)から呼んだ神が白鹿に乗ってやってきたという伝説があり、奈良の鹿は神の使いとして大切にされている。鹿は奈良団扇でも数多く登場するモチーフ。

陰陽五行説に基づくカラフルな色と美しい透かし彫り

古くから伝わる日本の伝統工芸品は、落ち着いた渋い色合いのものが多いですが、奈良団扇の色は明るくてカラフルです。鮮やかさの中に深みも感じられるその色は、どこか大陸的な匂いがします。

奈良団扇の色は、基本的には白、茶、水色、黄、赤。江戸時代からこの5色で、陰陽五行説※に基づいています。「本当は紫が入るのですが高貴な人が使う色なので使えず、その代わりに草木染めの茶を加えたと聞いています」と池田さん。自分の作品として制作に取り組む場合は、これらの5色と違う色を使うこともあるそう。

団扇は時代が下るにつれてデザインが洗練され、江戸時代には透かし彫りが施されるようになりました。現在の奈良団扇に透かし彫りされるモチーフは、鹿と若草山や五重の塔、春日大社の釣灯籠といった奈良に関するものや、正倉院の収蔵品をデザインしたもの、奈良を詠んだ和歌が入ったもの、団扇のほぼ全面に繊細で緻密な透かしが施された「七宝つなぎ」と呼ばれるものがあります。

※中国に起源した世界観。相対立する陰・陽二気の考えに、木・火・土・金・水の五行を結合し、自然・人事など万般の現象を説明する。

店頭に並ぶ色鮮やかな奈良団扇。

精巧な透かし彫りは、涼しげで美しい。

奈良団扇は、奈良や正倉院宝物の柄などがモチーフ。
上左から時計回りに、「百人一首 三笠山の月」「上正(天平模様) 鳳凰」「青海波に千鳥」「新鹿 鹿と春日釣灯籠」

骨数の多さと"しなり"が心地よい風をつくる

奈良団扇の骨を手にする池田匡志さん。奈良団扇の骨の材料は江戸時代から香川県丸亀の竹。骨師が少なくなり、団扇生産量の半分程度の骨を自分でつくっている。

団扇はしなりで風をおこすもの。弾力があり軽い竹という材質を細く割ることによって骨組に柔らかさを与え、しなりを強くしている。

奈良団扇は実用品としても非常に優れています。

「このしなり具合を見てください。団扇はしなるほど、心地よい風をつくることができるんですよ」と、池田さんは2種類の団扇の骨を見せながら説明します。手にとって曲げてみると、なるほど、骨数が少ないものはあまりしなりません。さらに、奈良団扇とプラスチックの骨の団扇を比べてみると一目瞭然です。よくしなる奈良団扇に対してプラスチックはほとんどしならず、板のよう。風も、奈良団扇は「丸味のあるゆらぎのある風」で、風の量もボリューム感があります。対するプラスチック団扇の風は「単調で堅め」。透かしがあるのに、驚くほどたっぷりとした風を送ることができるのも、奈良団扇の骨がよくしなるからだそうです。

「穴(透かし)が空いていたら風抜けませんか?」と尋ねる方もいらっしゃいますが、団扇は扇面で風をおこすものではありません。しなりさえあれば団扇は良い風がくるのです」と池田さんは言います。

奈良団扇のやわらかいしなりは、「小割の差柄(こわりのさしえ)」と呼ばれる、竹を細かく割った骨組みで本体に柄を差す構造によって生まれます。骨の本数は、一般的な団扇で20~30本ですが、奈良団扇は60~70本。これほどに細かく、骨数の多い団扇は、ほかにはないそうです。

丈夫なのも奈良団扇の特長。「色あせはしますが、20年以上使えます。僕の手元には子どものころから使い続けている奈良団扇があるんですよ」

季節ごとに適した作業を行い、1年かけて団扇をつくる

すべて手作業でつくる奈良団扇。工程によっては季節で向き不向きがあるそうで、和紙の「染め」や「骨づくり」は冬、和紙と骨を糊で密着させる「貼り」と「乾燥」は初夏といった具合に、1年というサイクルを通して丁寧に仕上げていきます。

奈良団扇に使われる和紙は、愛媛県の職人による特注の手漉き伊予紙。その和紙を1枚ずつ丸刷毛で染めるのが最初の工程です。それを乾燥させたら、和紙の上に図案を切りぬいた型紙を置いて、墨を付けた刷毛で模様を紙に写します。さらに「透かし彫り」、「貼り」、「乾燥」、骨が浮き上がるように筋を立てる「念はぎ」、骨と柄の継ぎ目に紙を貼る「手元貼り」、余分な骨や紙を切り落とす「裁断」、縁に紙や絹を貼る「縁取り」を経て、団扇ができ上がります。

染色した和紙の上にこの型紙を置き、丸刷毛で「型写し」をする。

写した型を透かし彫り。

和紙と骨を糊づけした後、天井に張った紐の上で一昼夜乾燥。

骨沿いに竹べらを走らせ、骨が浮き上がるように筋を立てて「念はぎ」をする。

外周の余分な骨や紙を切り落とす。

夏の贈答品としても人気。

江戸時代に途絶えた生産を明治初期に復興

奈良団扇は、江戸の初めに生産が途絶えますが、明治の初めに2代目・栄三郎氏が、途絶えるまでに使われていた道具や文献を発見します。「どこからか出土したと聞いています。出てきたものを参考にして自分用の道具をつくり、製法を研究して、奈良団扇を現代によみがえらせたのです。今の奈良団扇のデザインの8割は栄三郎が考案したもので、現在使っている型紙も栄三郎がつくったものから代々引き継がれてきました」と池田さんは言います。

先代である父親は池田さんが小学2年生のときに亡くなり、母親の俊美さんが団扇づくりを引き継ぎました。匡志さんは大学卒業と同時に家業を継いで6代目に。子どものころから、奈良団扇がいいものであると認識していたという池田さん。「中学、高校と僕自身のコミュニティが広がっていくにつれて奈良団扇を知らないと言われるようになってショックを受け、『もっと広めたい』と思うようになりました。『継ぐように』とは一度も言われたことはないのですが、高校生のときには継ぐと決めていました」。幼いころから団扇づくりを見てきたこともあり、仕事は自然に身に付けることができたそうです。

団扇づくりのメインの道具は透かし彫りで使う刃物で、職人自身がつくる。「最初の修行は刃物をつくることでした。人それぞれの癖に合った刃物でなければならないんです。僕自身はここに置いてある1本しか使わないのですが、先代や先々代、それより前の代が使っていたものも一緒に置いて、サンプルとして参考にしています」(池田さん)

現在、池田さんが取り組んでいる制作途中の作品。精緻な透かし彫りと端整なデザインに目を奪われる。

小学校での奈良団扇づくりの体験授業や、海外で制作実演を行うなど、奈良団扇を広める活動にも池田さんは積極的に取り組みます。「本業をおろそかにせず、いいものをつくった上で、奈良団扇の良さを発信して伝えていきたいですね。海外でも反響がありますし、生産数を上げたいのですが、奈良団扇をつくっているのはうちの家族だけですから…。そのあたりが難しいところではありますね。でも、お金のことは二の次にして、いいものをつくることを追求していけるのも家内工業ならではの良さであると思っています」

先代から仕事を引き継いだ母親の俊美さんの手による作品「小町―KAZE―」。池田さんは、俊美さんから職人としてのアドバイスを多く受けるという。

Column

奈良団扇づくりを体験できます

池田含香堂では、奈良団扇づくりを体験できる教室を開催。「彫り」と「貼り」の工程を体験でき、仕上がり後は自宅に送ってくれます。

体験料金は1人1,800円(送料別途)、2名以上8名までで、1週間前までの事前予約が必要です。
池田含香堂:http://narauchiwa.com/ikeda.htm

三条通り沿いに店を構える池田含香堂。団扇と扇のユニークな看板が目印。
右の写真の正面に見えるのは若草山。

取材:2016年3月
撮影:銭場千夏(株式会社フレンズ)

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