ゼミナール

「用と美」ゼミナール

エコで美しい人④

日本の古民家は"宝石"
後世に伝えていきたい

建築デザイナー カール・ベンクスさん

2016年6月1日更新

100年以上前に建てられた
日本の民家の再生に取り組み続けるカール・ベンクスさん。
古民家が持つ魅力
建物に託す思いをうかがいました。

林さんのプロフィール

ドイツ人のベンクスさんが新潟の里山に住み、
日本の古民家の再生に取り組まれています。

私が生まれる前に戦死した父が日本文化のファンで、東ベルリンの自宅には、本や刀、装飾品、根付けなど日本のものがたくさん遺されていました。それらを見て日本に興味を持つようになり、少年のころから「日本に行ってみたい」という夢を持っていました。

ドイツやフランスで働いた後、1966年に空手を学ぶために来日しました。当時は、日本各地に茅葺屋根の民家が残り、自分が想像していたとおりの美しい風景が広がっていました。でも、高度経済成長とともに、そんな家々がなくなり始め、日本の風景や建物、街並みはどこも同じようになってしまいました。私は、宝石のような日本の家を残し、その素晴らしさを後の時代に伝えたいと思ったのです。

ベンクスさんの父親が残したブルーノ・タウトの著書、根付け、煙草入れの装飾。今も大切に事務所のデスクまわりに置き、ときどき手にとっている。

当初は日本の古民家をドイツに移築していました。使われなくなった古民家を探しているとき、偶然に訪れた竹所(たけところ、新潟県十日町市の集落)で今住んでいる家に出会ったのです。周辺の景色にひと目ぼれし、家を買って住むことを決心しました。50歳を過ぎて、自然の中でより豊かな暮らしをしたいと考えていたころのことです。

日本で再生を手がけられた古民家が50軒になりました。

この春竣工した十日町市松代(まつだい)のシェアハウスで50軒目になります。最近では年に3~4棟のペースで再生に取り組んでいます。23年前、最初に再生した古民家は私の自宅「双鶴庵」ですが、当時は、古民家再生に興味を持つ人は少なかったですね。それでも、私が再生した古民家を見て、「自分も住んでみたい」という問い合わせが少しずつ来るようになりました。最近では若い世代の方が興味を持っているように感じます。

ベンクスさんの自宅「双鶴庵」。豊かな自然に囲まれて建つ茅葺屋根の家は、日本の原風景を思い出させてくれる。右の写真は、再生前の建物。

再生前写真提供:カール ベンクス アンド アソシエイト

一方で、「古い家には住みたくない」と考える人も少なくないそうですね。

ベンクスさんが再生した竹所集落の古民家。上から順にイエローハウス(築180年)、梨の木ハウス(築150年)、N邸(築90年)。イエローと梨の木は現地で再生、N邸は上越市安塚(旧東頸城郡安塚町)から移築。

高齢の方たちは、かつて住んだ木の家の「古い、汚い、寒い」といった負の記憶があるのです。私の集落には8軒の再生古民家がありますが、住人は東京都内や新潟市などから移住してきた世帯で、地元にずっといる人は住んでいません。やはり、子どものころから住んでいた古い家に対するイメージがあって、新築がいいと思うのでしょう。

でも、古い家を壊すことは宝を捨てるようなものです。「古い家のない町は、思い出のない人と同じ」という東山魁夷の言葉にもあるように、家族が住み続けた家には思い出があり、時間を経た建物には、新しいものにはない良さがあります。

材料も昔の家はいいものを使っていますからね。特にこのあたり(十日町市周辺)は豪雪地帯ですから、柱や梁が太くてしっかりしているんです。

日本の古民家の魅力、そして美しさはどんなところにあるのでしょう。

何と言っても、自然素材の木や土壁でできていて気持ちよく暮らせることが魅力です。私の事務所も再生した古民家です。快適で、リラックスして仕事ができますよ。長い時間を過ごすオフィスが木の家であることは本当に幸せです。

自身が手がけた再生古民家の事務所でスタッフと。

松代町(現十日町市)の歴史ある旅館「松栄館」を再生した「まつだいカールベンクス・ハウス」。2階にベンクスさんの事務所がある。右は再生前の建物(再生前写真提供:カール ベンクス アンド アソシエイト)

1階はカフェ。深い色合いの柱や梁に囲まれたおおらかな空間に時間がゆっくりと流れている。

美しさについては、木が持つ素材としての"美"はもちろんあるのですが、私が強く感じるのは、かつての棟梁たち、大工さんたちの技によってつくり上げることで生まれた建物――構造や空間の美しさです。100年も150年も前、マニュアルもない時代に、経験で身に付けた技術で素晴らしい仕事をしていた。例えば、木にしても、今のように製材されたものと違って、曲った扱いにくいものでした。それを構造的に強く、しかもバランス良く組み上げて空間をつくっていったのです。そのセンスの良さには驚かされますね。ブルーノ・タウト(※)も、「日本の職人は、ただの職人ではない。芸術家である」と言っています。そして、日本の住空間の中にある建具や廊下、畳など、昔からあるものの比率やサイズが絶妙で、とても美しいと私は感じるんです。

※ドイツで前衛的な作品を発表し、国際的に高い評価を受けた建築家。ナチスの迫害を逃れて亡命し、1933年~36年まで日本に滞在した。桂離宮や伊勢神宮、飛騨白川の合掌造りなどを世界に紹介。

「まつだいカールベンクス・ハウス」の内部。2階の床の一部を取り払い、吹き抜けにしている(上左)。空間を縦横に走る逞しい柱や梁は圧倒的な存在感(下左)。ところどころに古い家で使われていた欄間や、箱階段、和家具などが組み込まれている。

古民家は、どのようにして再生されるのですか。

多くの場合、建物を一度解体して柱や梁をバラします。昔の建物には基礎がないため、柱の下部が腐っていたり、そのままだと腐りやすくなったりするため、新たに基礎をつくるからです。古民家再生では、基本的に建物の構造はすべて古い材料を使いますが、現在の建築基準法に沿って、柱や梁を組んだ構造のジョイント部分は金具で留め、必要であれば筋交いも入れて補強をします。

昔の建物は寒いので、断熱材やペアガラスのサッシなどで断熱性能を高めます。システムキッチンなど機能的な住宅設備を入れて、現代の暮らしが快適になるようにしています。

施工は古民家再生に熱意を持ってやってくれる大工さんにお願いしています。古い家の現場は汚かったり、材料が硬くて扱いにくく道具も壊れやすかったりするので、嫌がる人が少なくありません。古民家が好きな大工さんでないと取り組めないのです。

解体中の「松栄館」の内部。

解体した木材を大工さんと確認。

傷んだ柱を補修し、構造を補強する。

上記写真3点提供:カール ベンクス アンド アソシエイト

ベンクスさんの自宅「双鶴庵」のリビング。和とモダンが融合した心地よい空間。

私は再生した古民家に住んで23年になりますが、まったく飽きないですね。昔の大工さんがつくった木と骨組が本当にいい。「ここを工夫してつくっているな」「昔、この家に住んでいた人たちはどんな暮らしをしていたのかな」と、よく思いを巡らせています。長く住むために家の手入れもしなければなりませんが、それもまた楽しいものです。

カール・ベンクス Karl Bengs

1942年、ドイツ・ベルリン生まれ。フレスコ・家具職人の父の影響を受け、日本文化に関心を持つ。ベルリン、パリで建築デザインオフィスに勤務しながら、建造物・家具の復元修復を学ぶ。

1966年、空手を学ぶために日本大学に留学。以降建築デザイナーとしてヨーロッパや日本で活動。特に日本の民家に強く惹かれ、ドイツに移築する仕事に携わる。

1993年、新潟県十日町市竹所(旧松代町室野)で現在の自宅(双鶴庵)となる古民家を購入、再生に着手する。

2001年 新潟 木の住まいコンクール入賞、2007年 第2回安吾賞 新潟市特別賞受賞、2015年 十日町市市制施行10周年記念感謝状受領

取材:2016年5月
撮影:平山 順一

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