ゼミナール

「こう住む、ああ住む」ゼミナール

第2回〈本編〉 地元で暮らす vs いろんな街で暮らす

地元定住か、いろんな街に引っ越すか。
「何がしたいか」を考えれば、
答えはおのずと見てくる…?

2015年12月25日更新

人々の住まいや暮らしへの哲学に迫る
「こう住む、ああ住む」ゼミナール。
第2回は、「どこに暮らすか」の対決です!
"地元で暮らす派"代表のNさんと、
客室乗務員としてタイにドイツにと渡り歩く
"いろんな街に暮らす派"代表のCさん
それぞれの「住む場所」への想いに迫ります!

〈 地元で暮らす派代表 〉
特定非営利団体 代表理事
Nさん

保育士として6年間働いた後、地元の愛知県新城(しんしろ)市で民間保育施設を設立。現在は3つの事業を運営し、地元の保育と子育てをサポート。生まれも育ちも愛知…なのになぜか"広島カープ女子"!?

〈 いろんな街に暮らす派代表 〉
外資系航空会社勤務 Cさん
 

滋賀県出身。学生時代から北米、中国に留学し、仕事で東京、名古屋、横浜と国内を転々としたのち客室乗務員に転身しタイに移住。現在はドイツに住みながら、世界中を飛び回る日々!

「やるべきことがそこにある」!?

少し前から、「地元」や「ローカル」という言葉が目立ち始めていませんか? 生まれ育った土地で就職して結婚し、家族や友人に囲まれて暮らす…そんな暮らしを求める人が、前より増えているように感じます。でもやっぱり、海外暮らしにも憧れますよね。しかも仕事で海外ときたら、なおさらかっこいい。地元で暮らす心地よさ、引っ越し先に待つドキドキ…両方詳しく聞いてみたい! というわけで今回は、愛知県のちょっぴり田舎町、新城(しんしろ)市への遠征取材と、遠くドイツはフランクフルトへのスカイプ取材を実施。まずは各代表者に、現在の暮らしとお仕事をご紹介いただきましょう。

愛知県の新城市という町で、民間保育施設を運営しています。最初に認可外保育所を立ち上げ、次に発達に特別な支援が必要な子のための保育所を。2015年の夏には「小規模認可保育所」も始めました。生まれも育ちも新城市です。地元の短大を出て保育士になり、市内の保育園に6年間勤め、その後独立しました。父は消防士で、母はクリーニング店を経営。祖母も化粧品屋を営んでいて、屋号が代々「いづみや」だったので私の保育所は「子いづみや」と名付けました。

先代の屋号を次いで起業! まさに地元ならではの流れで、素敵なネーミングですね。地元で働かれた後に起業されたとのことですが、新規スタートを機に地元を出ようとは思わなかったのでしょうか?

保育の仕事をすると決めていましたから、場所は自然に地元に決まった、という感じです。場所をどうこうというよりも、「やるべきことがここにあった」というのが正しいですね。私、昔からなぜか問題ごとを「見つけちゃう」んです。だからここに暮らしていると、保育や子育てのいろんな悩みが次から次へと見つかる。そうすると、「自分が解決しなきゃ!」って思ってしまって…勝手に使命感を感じちゃうんですよね(笑)。今もどんどん根が広がっていて、自分ではもう止められません。

「やるべきことがここにあった」とは、核心を突く台詞…。場所へのこだわりよりも、そこに自分の仕事があって地元で起業されたというわけですね。…詳しくお聞きしたいところですが、そのまえに"いろんな街"代表のCさんにも経歴を語っていただきましょう。

高校まで地元の滋賀県で過ごし、大学は名古屋に進学しました。その後東京で一般企業に就職して、転勤で名古屋と横浜に。でも数年で客室乗務員に転職し、タイに移り住みました。そこで4年間過ごした後、昔から憧れていたドイツの航空会社に転職。今はWEBデザイナーの夫と一緒にフランクフルトに住んでいます。

アジアからヨーロッパとは、だいぶかけ離れていますね。さらに学生の頃は中国にも留学していたとか…?

大学は英文科なんですけど、留学先は中国でした。めずらしいですよね(笑)。私の母は塾の英語教師で、小さいころから実家に留学生がホームステイしていたこともあって、「海外」に漠然とした憧れを抱いていました。英語を専攻していたので本当は英語圏に長期留学したかったんですが、費用やチャンスに恵まれず悩んでいて。そんな時、たまたま上海に短期ステイする機会があったんです。10年前の上海。発展の勢いとエネルギーは衝撃でした。英語に限らず語学は将来の自分の武器になると思っていましたから、中国語を習得して強みを増やそうと考えたんです。1年間、向こうの大学でみっちり中国語を学びましたよ。

なるほど。Cさんの場合も、具体的に行きたい場所があったわけではなく、「海外に行きたい」「語学を見につけたい」という大きな欲求があり、それをかなえるために場所を探した…というわけですね。

そう。タイに行ったのも、航空関係の仕事に就きたくて、それができるのがたまたまタイだったんです。でもドイツはちょっと違うかな。ドイツはエコ大国。ナチュラルな食べ物や化粧品が好きなので、国自体に興味を持ちました。それで、今の仕事を活かして転職し、実現した…というわけです。好きなものがあった先、という意味では同じかも?

お二人ともさらっと語りますが、起業したり、海外へ転職したり、なかなか普通にできることでもないですよね…。かっこいいなあ。でもどうやら共通するのは、「やりたいことを求めたら、たどり着いたのが地元/海外だった」という点。たしかに「どこに住むか」は、言うまでもなく「何をするか」と同義ですものね。

どんなメリットを感じていますか?

Nさんのように暮らしに密着したお仕事をしていると、地元にいるのはメリットが大きそうですね。具体的にはどんなことを感じますか?

まずはスペース。私の保育所は実家の敷地に建っていて、元は母の仕事の倉庫だったものを改装しました。都会で保育所をやっている知り合いもたくさんいますが、みんなマンションの1室を高い家賃で借りるなど運営の経済負担が大きいですよね。あとは何より、自分の活動を見守ってもらえること。顔見知りが多いですから、誰が何をしているかって大体わかります。3つ目の事業である小規模認可保育所の立ち上げは、制度が変更になると分かってから自ら行政に働きかけて実現したのですが、その時行政からは、「(最初の起業から)10年間の活躍を見てきて、あなたなら信頼できる」と言ってもらえました。
実家の屋号を継いだのも正解でしたね。年配の方々からも「あれ、Nさんとこのお孫さんか?お祖父さんには世話になったよ~」と声をかけていただけるなど、地域になじみやすかったです。

へえ~! 行政に直接掛け合ったり、信頼を得たり、新しいことを始めるには追い風があるいい環境ですね。逆に、Cさんのように各地を転々としていると、コミュニケーションといった面ではどう感じるのでしょうか?

行く先々はいつも、右も左も、言葉さえもわからない状態。なんでこんなに苦労してまで…と思うことは多々あります(笑)。でもそんな差異の中でも、「言葉を超えて通じ合える瞬間」というのが確かにあるんです。タイは周りがみんな親日的で優しく、コミュニケーションで嫌な思いは一切ありませんでした。でもアジアからヨーロッパに来たはじめの頃は、みんなすごく自信に溢れているように見えて、なんだか気後れしてしまって。勝手な思い込みだとはわかっていても、自分は低く見られているんじゃ…という不安が消せなかったんですね。でも話していると、「ああ、この人もこんなことに悩んでいるんだ」「この人にも不安があるんだ」という部分が見えてきます。文化や言語が違うのに、同じ部分があるんだって気づけた瞬間、理解しあえた瞬間。この喜びは、実際に行ってみないとわからないものです。

うんうん、それこそ異文化に身を置く醍醐味! 前回のシェア暮らしにも通じるメリットですね。でも、家族や付き合いの長い友人が近くにいないことはマイナスに感じませんか?

ずっと一緒にいることだけが、信頼や付き合いの証ではないですから。

おお、キッパリ! かっこいい! このドイツ取材はスカイプを通じてのインタビューですが、たしかにこんな時代なら、コミュニケーションにおいて地理的距離は問題ではないのかもしれませんね。

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