特別講座

特別講座

住むことは、生きること。
〜この星に生き続けるために〜

2017年2月1日更新

探検家 関野 吉晴氏

キャンパスの芝生テントで
年に4回開講されるmarimo livingの「特別講座」。
1年間、講義をしてくださるのは
グレートジャーニーで知られる探検家
対談相手としても多方面からラブコールを送られるこの方です。
どうぞお見逃しなく!

野菜づくり、畑づくりの指導を受けた野口敏宏さんの畑で。青梅市成木。

関野吉晴 SEKINO Yoshiharu

1949年東京都墨田区生まれ。
探検家、医師、武蔵野美術大学教授(文化人類学)

一橋大学在学中に同大探検部を創設。
1971年アマゾン全域踏査隊長としてアマゾン川全域を下る。
その後25年間に32回、通算10年間以上にわたって、アマゾン川源流や中央アンデス、
パタゴニア、アタカマ高地、ギアナ高地など、南米への旅を重ねる。
その間、現地での医療の必要性を感じて、横浜市大医学部に入学。医師(外科)となって、
武蔵野赤十字病院、多摩川総合病院などに勤務。その間も南米通いを続けた。

1993年からは、アフリカに誕生した人類がユーラシア大陸を通ってアメリカ大陸にまで
拡散していった約5万3千キロの行程を、
自らの脚力と腕力だけをたよりに遡行する旅「グレートジャーニー」を始める。
南米最南端ナバリーノ島をカヤックで出発して以来、足かけ10年の歳月をかけて、
2002年2月10日タンザニア・ラエトリにゴールした。

2004年7月からは「新グレートジャーニー 日本列島にやって来た人々」をスタート。
シベリアを経由して稚内までの「北方ルート」、
ヒマラヤからインドシナを経由して朝鮮半島から対馬までの「南方ルート」を終え、
インドネシア・スラウェシ島から石垣島まで手作りの丸木舟による4700キロの航海「海のルート」
は2011年6月13日にゴールした。

1999年 植村直己冒険賞(兵庫県日高町主催)受賞
2000年 旅の文化賞(旅の文化研究所)受賞
2013年3月16日〜6月9日 国立科学博物館(特別展)「グレートジャーニー・人類の旅
〜この星に、生き残るための物語。〜」

●関野吉晴公式サイト http://www.sekino.info

第3回 課外ゼミ「カレーライスを一から作る」からの気づき

自然からものをもらい、自分で一から作ることを体験

武蔵野美術大学の課外ゼミ、通称関野ゼミで2014年から「カレーライスを一から作る」という活動を始めました。一から作るということは、米や野菜、肉はもちろん、スパイス、塩、器や箸、スプーンに至るまで、すべて自分たちで作るという計画です。別にカレーでなくてもラーメンでも親子丼でもピザでもよかった。普段食べている身近なものを根源までたどり、根源から作ることによって様々な気づきがあるはずだと思ったからです。

2年目の活動はドキュメンタリー映画になり、2016年11月東京(ポレポレ東中野)で公開されました。

「一から作る」という活動は、今回のカレーが初めてではありません。2008年に、日本人の来た道をたどる"新グレートジャーニー"の3つ目のルート「海上ルート」(他は北方ルート、中央ルート)を航海するとき、航海に使うカヌーを一から作ることを思い立ちました。それまで僕は、若者に「旅に同行させてください」と言われることがあっても、「若いうちは一人で旅をするものだよ」と断り続けてきたのです。でもこの旅は若者に呼びかける意味があると思いました。

©ネツゲン

映画『カレーライスを一から作る』は2016年秋に公開され、2017年には大阪、神戸、京都などでも公開が予定されている。プロデューサーは大島 新さん、監督は前田亜紀さん。
http://www.ichikaracurry.com

私たち現代人が、大切なことにも関わらず忘れてしまったこと、落としてしまったことは何なのか。自然からものをもらい自然を壊してこなかった、縄文人のような生き方やものづくりのコンセプトでこの旅を進めれば、たくさんの気づきがあるのではないかと思ったのです。

そこで武蔵野美大の学生、OBたちに声をかけ、道具から、つまり舟を作る木を伐採する斧から作ろうと。まず房総半島の九十九里浜で砂鉄120キロを集めることから始め、岩手県北部で炭焼きをし、たたら製鉄をするための鞴(ふいご)も作りました。学生たちが汗と炭で真っ黒な顔になりながら徹夜で鞴を踏むシーンは、映画『僕らのカヌーができるまで』の中でも印象的なシーンだと思います。

そうしてできた鉧(けら)を持って刀鍛冶や野鍛治といった達人のところへ行き、教えと協力を得ながら、斧、ナタ、ノミなどの工具に仕上げて行きました。

僕と2人の若者が現地班。その工具を持ってインドネシアのスラウェシ島へ向かい、海とともに生きるマンダール人の力を借りて、大木を探して伐採し2艇のカヌー(丸木舟の縄文号とマンダール伝統漁船のパクール号)を完成させました。267日かかっていました。

『カレーライスを一から作る』は、一からカヌーを作った映画、『僕らのカヌーができるまで』の姉妹編ともいえる。
https://www.mmjp.or.jp/pole2/bokurano-canoe-gadekirumade.html

その頃日本に残った学生たちは保存食班・縄班として活動していました。保存食班の学生は、縄文食をヒントにキャンパス周辺のどんぐりを採集して"どんぐりクッキー"を作った。彼女たちの気づきは「一人ではやれない事が多かった。どんぐりの殻を割るのは大変だけど、みんなでわいわい作業するとできちゃう。共同体がないとこういう作業は難しいんだなと思った。今は一人でできちゃうことが多くて、それがさびしい」。縄班の学生は、縄に使う植物を10種類探して試行錯誤し、最終的にシュロを自分たちで採集して、20mの縄を4本、トータル80mを作った。最初の目標だった500mには及ばず、「とにかく時間がかかる。人手がほしいよ ね」と語っていました。

それぞれに役割は違ったけれど、達人や先人の知恵や生き方を感じながら、人手も手間も時間もかかる作業を通して、その中にある何か尊いものに気づいたのだと思います。

画像提供:関野吉晴

カレーの話に戻りましょう。関野ゼミは誰でも自由に入れる「来るもの拒まず、去るもの追わず」を旨にしているゼミで、2015年4月の最初の説明会を聞いて残ったのは200人中の150人ほど。話し合いの結果、だちょうを飼ってみたいという学生の意見から"だちょうカレー"に決定しました。ちなみに4つ足の動物は資格がないと屠殺できないので、ポークカレーやビーフカレーは作れません。

最初に動き出した畑チームは、無農薬で畑づくりをしている野口さん(※)の指導を受けながら、まさに一から土を起こして畝を作り、畑を作るところから始めました。じゃがいも、人参、玉ねぎ、しょうが、とうがらし、うこん、コリアンダー。種をまく、芽が出る。最初は楽しいんです(笑)。ところが夏休みに入るころから畑には雑草が増えて、しょっちゅう草取りをしなきゃならないことが分かると、えっ、こんなに大変なの!? となり、だんだん畑に来なくなる。暑いし腰は痛いし。畑をやれば最初のメンバーの5分の1に減るというのは過去の経験から分かっていましたが、カレーという目標があってもやはりそのくらい減りましたね。

(※)自由の森学園の美術教師で、青梅市で畑を耕して暮らしている。

そんな中で面白かったのが、畑のリーダーだった1年生の男子学生。無農薬で化学肥料も使わずに育てる野菜は、生育も遅く、雑草との戦いなどものすごく手がかかる。隣近所の畑で"すくすく育つ"野菜と比べては嘆いたり、化学肥料の誘惑に負けそうになったりしていたわけです。そんな彼が収穫まで頑張り通して、誰よりも意識が変わった気がします。今では後輩に「なんで農薬を使っちゃいけないの か」をこんこんと説いている(笑)。家でもプランターで野菜を育てているといいます。

ゼミ学生と一緒に、うこん、しょうが、にんにくを収穫する。

どちらが学生か・・・と見まがう無邪気な関野さん。「関野先生」ではなく「関野さん」と呼ぶ学生が多い。

収穫した立派なうこんを水洗いして乾燥中。

自分たちの手で育てた生き物を"屠(ほふ)る"ということ

野菜や米づくりの一方では、だちょうの雛を育てるプロジェクトが進行していましたが、可愛がって育てた3匹の雛が次々に死んでしまう。残念だがだちょうをあきらめて、次にはホロホロ鷄と鳥骨鷄を「もう死なせるわけにはいかない」と飼育日誌をつけて申し送りをしながら毎日の世話を分担し、クリスマスもお正月も大学に通って世話をし、卵を産むまでに元気に育て上げました。

ゼミがスタートして9か月。野菜、米、スパイスの収穫がすべて終わり、スプーンは廃材の竹を使って作り、カレー皿にする土器を作って。まぁ、このへんは美大生だからお手のもの。調理する日が近づいたある日、「鳥を本当に殺していいのか?」という意見が出てきて、ゼミ生全員が僕の研究室に集まり、話し合いました。

「今はまだ鳥を殺すべきではない」と言ったのは社会人のゼミ生。「なぜですか? 」と学生が問うと「命を全うさせてから‥‥」と答える。「じゃあ、いつなんですか?」「いま卵を育てているから、卵を産み終わってから‥‥」「それはおかしい。だったらペットとして飼っていたことになる」。

そんな意見の応酬があって、最後は多数決。「屠る(殺す)べきではない」が2人で残りのゼミ生全員が屠る方に手をあげました。殺すべきではないと言った彼は、鳥を一番可愛がり、誰よりも率先して小屋の掃除をしていたので気持ちはよく分かります。ただ、彼の言う通りに命を全うさせるまで待つとどうなるか、というと、自然死を待つしかないわけですよね。自然死したら、どんな動物でもその肉は食べません。どんな病気で死んだか分からないですから。

殺すべきではないと発言した彼は3年連続でこのゼミに参加していますが、いま肉断ちをしている。どうして? と聞くと、「肉に飢えて食べた方がいいから」と。それは重要なことです。我々現代人は、一般的には飢えて食べるということがない。時間が来たから食事しよう、と、本当にお腹が減って食べるということはほとんどないわけですから。ポレポレ東中野のオーナーで写真家の本橋成一さんと対談した時にも、「この映画は東京だから成り立つのであって、アマゾンで、例えば一からこれを作ってみようと言ったって、いつもやってるよ、と(笑)。関野さんは優しいからそんなことはさせなかっただろうけど、僕だったら1か月くらい肉断ちさせる」と話されていました。

映画「カレーライスを一から作る」より

4月 課外ゼミの説明会

5月 土を起こし畑を作る

雛から育てた鳥骨鶏

完成したカレーライス

画像提供:株式会社ネツゲン

「一から作る」は、僕が40年近く通い続けたアマゾンの人たちの家、暮らしが原点です。彼らの家に入るでしょ。周りを見渡すと柱から屋根から焚き火の薪から、敷物、かご、弓と素材がわからないものは一切ない。それは、自然から自分たちで素材を取ってきて、全部自分たちで作っちゃうから。

さて次は何を一から作ろうか、妄想中です。

「僕は植物も生き物だと思っています。動物にしても植物にしても、みんなが食べているものは生き物であり"いのち"なんだよということを分かってもらいたい」。ただ、3年目のゼミでは"血を見るのはちょっと‥‥"と、シーフードカレーが多数派だとか。

取材:2016年12月
撮影:平山 順一

[特別講座 第4回] 豚の丸焼き会と、再び「地球永住計画」について語ります。

←ドラム缶から立ち上る煙の正体は?

ようこそ、マリモリビングオープンキャンパスへ学長メッセージ 開校のごあいさつ