ゼミナール

「住めば都」ゼミナール

元気なまち物語 ⑥ 兵庫県・豊岡市

地域遺産の活用で、まちを楽しく元気に。

地域ブランドづくりと並んで豊岡で見られるもうひとつの興味深い地域活性化法は、「地域遺産の再活用」です。まちに残る有形無形の遺産を生かして人やまちを楽しく元気にしようとする試みで、個性的な遺産を有している豊岡ならではのまちおこしの方法です。

市街地にあるレトロな映画館と、城崎温泉における旅館の若旦那たちの文学を切り口にした取り組みに、それを見ることができます。

映画館と文豪の遺作。昔の遺産を元気づくりに活用しているユニークな事例をご紹介します。

映画だけじゃない映画館。

合併前の豊岡市の中心市街地に、半径50キロ以内で唯一の映画館「豊岡劇場」、通称豊劇(トヨゲキ)があります。

1927年に開館し、85年に渡り但馬地方に映画の灯をともし続けた映画館でしたが、2012年3月に、オーナーの死去によりついに閉館となりました。

ところが2年後、かつて映画監督を夢見たひとりの男性が、この映画館を復活させました。それが地元で不動産業と飲食業を営む石橋秀彦さんです。

1927年開業の豊岡劇場は、近代建築の香りが漂うレトロな映画館。

石橋さんは映画監督になりたくて中学卒業と同時に北アイルランドに留学。その後、大学院卒業までをイギリスで過ごし、東京でアート活動をした後、豊岡にUターンしたユニークな経歴の持ち主。閉館が決まったトヨゲキを何とか復活させたいと考え、「うまく行くはずがない」「リスクが大き過ぎる」という周囲の反対を押し切って買収し、2014年の年末に再オープンさせたのです。

「豊岡を映画館のないまちにしたくなかったから」と、石橋さんはその動機を話します。「だって、子どもの頃の強烈な思い出って、映画とともにあることが多くないですか? 但馬の子どもたちがその思い出を持たなくなるのは、とても気の毒でしのびないことだと思ったんです」。

豊劇には大小2つのホールがある。大ホールは席数をぐっと減らして、ゆったり鑑賞できるようにしている。

オーナーの石橋秀彦さん。周囲の大反対を押し切って閉館していたこの映画館を買取り、再開させた。

伊木さんは、地元で音楽イベントをプロデュースしていた実績を買われてスカウトされた。

そんな石橋さんの片腕となっているのがスタッフの伊木翔さんです。伊木さんは言います。「実は僕はあんまり映画を観ない人だったんですよ。それで石橋さんにも、別に映画じゃなくてもテレビでもDVDでもいいんじゃないですかと言ったんです。でも石橋さんは一貫して『いや映画のスクリーンで観た映像は、心に残すものが違うんだ』と言い張るんです。何度聞いてもそこだけは絶対にぶれなくて、そうか映画ってそんなにすごいのかと思ってスタッフになったんです」。

「いろいろやりたい」と「いろいろやらないと成り立たない」。両方の意味から、映画だけじゃない映画館づくりに取り組んでいる。

フリーWi-Fiと電源が完備しているロビーは、映画を観ない人も飲み物を頼めば自由に使える。

こうして船出した新トヨゲキのキャッチフレーズは、「映画だけじゃない映画館」。その言葉の通り、フリーWi-Fiと電源完備のロビーはカフェになったりノマド族の仕事場になったり。建物の一画にはデートにぴったりなレストランを付設し、2階にある小ホールはちょっと小難しい会合の会場にもなるという具合。

映画館でいろいろな人や楽しみがまじわって化学変化を起こす。それがやがてまちの元気づくりにつながる―甦った小さな映画館が地元の人に見せてくれるのは、どうやら映画だけではなさそうな気配です。

豊岡劇場

豊岡市元町10-18 TEL 0796-34-6256
http://toyogeki.jp/

現代の作家が書く「城崎にて」。

「本と温泉」。こんな不思議な名前のNPOがあるのは、7つの外湯や志賀直哉の著作「城の崎にて」で知られる城崎温泉です。

旅館の若旦那たちが結成したこのNPOの目的は「文学による城崎温泉の活性化」。今までの活動を具体的にいうと、「城崎温泉をめぐる、とても面白い本を3冊出版した」です。

若旦那たちが出した3冊の本。浴衣の袂に入れてまち歩きができる豆本。温泉につかりながら読めるように特殊な紙とタオルで作った本。そして城崎名物のかにをかたどった本。3冊とも城崎温泉でのみ販売している。

2013年は志賀直哉が城崎温泉に逗留してちょうど100年目にあたりました。それを記念して「文学」を切り口にした記念事業をしたいと考えた若旦那たちでしたが、いざとなると何も思い浮かびません。そこでブックディレクタ-の幅允孝さんにSOSを出し、紆余曲折の末にできたのが、志賀直哉の名著「城の崎にて」を徹底的に解釈した「注釈・城の崎にて」という豆本でした。続いて2冊目は志賀直哉をリスペクトする万城目学さんが書いてくれた「城崎裁判」。3冊目は城崎温泉のファンで、すでに万城目さんの本も買っていた湊かなえさんが二つ返事で引き受けて書いてくれた「城崎へかえる」です。こうして若旦那たちは図らずも、4年間で3冊の、とても面白い本を出版したのです。

「城崎文芸館」では、万城目学さんが「城崎裁判」を書きおろすことになるまでのプロセスを展示した企画展を開催中。次は湊かなえさん展を予定。

100年前に志賀直哉が描写した城崎の温泉街。100年ぶりに新しい文芸作品の舞台となった。

「これらの本は、あくまでも城崎温泉とお客様を結び付けるツール。本を売るのが目的ではなくて、城崎温泉を売るのが目的だから、城崎でしか売らないし、どれも城崎土産として買いたくなるような仕掛けをしています」と言うのは、NPO理事で、志賀直哉も宿泊した「三木屋」十代目の片岡大介さん。

NPOの副理事長をつとめる「泉翠」の冨田健太郎さんも「『あの本、よう売れるから追加で5冊持ってきて』なんて土産物屋さんのご主人に言われて、自転車で温泉街を配達して回るんですよ」と笑います。

3冊はそれぞれ売れ行き好調。マスコミからの取材依頼も多く、PR効果も抜群だそう。

志賀直哉が城崎に遺してくれた「文学が香る温泉街」のイメージ。そのイメージを活用しながら、現代の作家と一緒に新たな文学の香りを醸成することで、観光客と城崎温泉の接点を増やしたり、城崎温泉の楽しみ方の幅を広げたい―若旦那たちのこんな目論見は、今のところ、順調に成果を上げているようです。

三木屋の片岡さん(右)と泉翠の冨田さん。「文学を、"松葉がに"に匹敵するような城崎名物にしたい」と笑う。

若旦那たちが活動の拠点としている「城崎文芸館」。ブックディレクターの幅さんの協力で企画展が開催できるようになり、城崎観光の新しい目玉として期待が高まっている。

取材:2016年12月
撮影:狩野吉和(株式会社フレンズ)

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