ゼミナール

「住めば都」ゼミナール

元気なまち物語 ⑤ 島根県・大田市

大森町のまちを蘇らせた「中村ブレイス」社長の中村俊郎氏に聞きました。

「このまちを蘇らせたいという
思いを秘めて帰郷しました」

43年前、義肢づくりの技術を身に付けてUターンした中村社長。
そこから始まったまちの再生への想いと方法について聞きました。

「自分の手でまちを何とか蘇らせたい」という想いを抱いてアメリカから帰国した中村社長。40年かけて夢を実現した。

Q.43年前、大森町に戻ることにした理由の一つが、「まちの再生」だったとか?

A. そうです。ご存知のようにこのまちは江戸時代から大正の終わり頃まで、銀山のまちとしてひじょうに賑わいました。しかしその後の凋落はひどいもので、私がアメリカでの修業を終えて戻ってきた時には、文字通り町並みも人心も元気を失っていました。人の来ない僻地に帰って起業した背景には、そんなふるさとを何とか再生したいという気持ちがありました。そのためには自分の会社を世界に発信できる企業にしなくてはいけない。当時は「世界的な企業をつくって、まちを蘇らせる」と夢を語る私を、ほとんどの人が冷ややかな目で見ていましたが、なぜか私には根拠のない自信があって、「絶対にできる。自分で切り拓く」と思っていました。お客のあてもまったくないのに(笑)。

神戸の専門学校を卒業して入社した義肢装具士。大森町の若年人口を増やしてくれる嬉しい移住者でもある。

大森町町並み保存地区の入り口にある「中村ブレイス」。
この中で80人が働く。

社内には熟練の職人もミシン掛けのパート女性もいる。多彩な雇用形態を取ることで、このまちで働く人を増やしている。

「中村ブレイス」は身体の欠損部分を本物そっくりに作り補うメディカルアートの分野でも世界的に評価されている。

Q.どんな方法でまちの再生をしたのですか?

A. ひとことで言うと「空き家の再生」を行いました。当時、人口減少したまちには空き家や廃屋が多く、それが景観や人の気持ちを荒ませていました。ですので、まちの空き家を買ってそれを順番にリノベーションしていくことにしたんです。きれいにした空き家は従業員の寮や社宅にしたり(現在20軒に約70人が住む)、店にして貸したり、ドイツパンのお店や音楽ホールもつくりました。パン屋も芝居小屋も、以前このまちにあって住民に愛されていたものです。それらを再生しながら、少しずつまちを蘇らせていったのです。40年で50軒を15億円ほど投じてリノベーションしました。すべて補助金なしの自力でやりました。

東京在住の製パンマイスターを中村社長がスカウトして開店したドイツパンの店。評判も売り上げも予想以上に上々。

元郵便局舎をリノベーションしてつくった100席の音楽ホール。まちにはかつて大森座という芝居小屋があり、
それを復活させる意味もあった。

Q.4年前にお宿もつくりましたね?

多彩な和洋折衷のおかずにたっぷりの野菜が付いた朝食。箸置きは、宿に植えられているゆずりはの葉。

A. 実は中村家のルーツは宿屋でしてね。それはさておき、このまちは宿が少なくて、観光だけで帰る人が多いのが残念だったことと、遠方から義肢をつくりにいらっしゃる患者さんにゆっくり滞在して良い義肢をつくっていただきたいと思ってつくったんです。6室しかない小さな宿ですが、心のこもった美味しい食事を出しています。朝食には私がお願いしてまちに来てもらった製パンマイスターが焼くドイツパンや、このまちに日本の総代理店があるイタリアのカリアーリというコーヒーも出ますよ。

義肢をつくりにこのまちに来る患者さんの宿泊施設にと、4年前につくった全6室の宿「ゆずりは」。外観は落ち着いた日本旅館、部屋はバリアフリーのホテル仕様になっている。

Q.40年を経て「まちおこし(まちづくり)」について思うことは?

A. 「まちおこし」というと、一般的には「派手な観光スポットをつくり観光客を呼んでお金を落としてもらう」とか「大手ブランド企業を誘致して雇用を増やし、まちをにぎやかにする」といったことを思い浮かべますが、私が思う本当の「まちおこし」とは、「まちの人が誇りを取り戻すこと」、そして「まちの人が、自分のまちをもう一度愛するようになること」ではないかと思います。そのためには、派手な観光スポットやテーマパークをつくらなくても、まちの人の暮らしを豊かにするためのものを再生すればいいし、規模は小さくてもまちの人が誇りに感じ、そこで働きたいと思う仕事や評価をもつ企業を育てればいいのではないかと思うんです。本当に良いものを作っていたり、本当に大事な人であれば、人はどんな僻地にもそれを求めて来てくれます。そのことをこのまちの人はもちろん、他の僻地の人や企業や行政にも伝えたいですね。

40年たって、暮らしと観光がひとつに溶けあったまちができた。

大森町の民家には、その昔、ここに物を出して道行く人に売っていた名残りの縁台がある。そんな小さな物語こそがまちの観光資源。

取材:2016年6月
撮影:狩野吉和(株式会社フレンズ)

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