まりも図書館

6月の2冊

青木和子の刺しゅう 庭の野菜図鑑」 青木和子

「鳥と雲と薬草袋」 梨木香歩

2017年6月1日更新

青木和子の刺しゅう 庭の野菜図鑑」

青木和子 著

まずは、この表紙をじっくり眺めてみてほしい。おなじみのオレンジ色のニンジンの隣は紫色のニンジン。まるで本物みたいな質感と曲線の刺しゅう。その横には黄色のニンジンが"ちゃっかりと"並んでいる。こちらは刺しゅうではなくて本物。まるで「仲間に入れてくださいね」とすり寄っているようで微笑ましい。左側には可憐なニンジンの花とその下の丸いのは断面だろうか。縁は紫なのに中はオレンジ? この断面の謎はページをめくってのお楽しみ。

青木和子さんは、自宅の庭で育てる草花、そこにやってくる蜂や蝶などをモチーフにした刺しゅうに多くのファンをもつ刺しゅうデザイナー。司書まり子が最初に青木さんの刺しゅう本を手にしたのは、薔薇をテーマにした『バラの咲く庭』(雄鶏社)や『バラと暮らす』(文化出版局)だった。自らを"ロザリアン(バラ熱中症)"と呼ぶほどのバラ好きだったと記憶しているが、その青木さんが「野菜図鑑」とは——

きっかけは、この本のブックデザイナーでもある天野美保子さんから届いた夏野菜だった。見たことのない色や形のトマト、食べたことのない紫色やクリーム色のインゲン、名前も知らない葉っぱたち。どんな味がするのか、はやる気持ちを抑えて青木さんがまず始めたのはもちろんスケッチ。草花とは違う形と色の組み合わせが新鮮で、頭の中では野菜の刺しゅうが始まっていたという。

『庭の野菜図鑑』は刺しゅうの本だが、前半は、麻100%の布地に刺しゅうされた野菜がギャラリーのように次々と現れる。Tomato(トマト),Peas(サヤエンドウ),Bean(インゲン),Radish(ラディッシュ),Carrot(ニンジン),Zucchini(ズッキーニ),Okura(オクラ),Rocket(ロケット),Asparagus(アスパラガス)など。どのページも刺しゅう糸の織りなす野菜の葉や実、花、種、根の"らしさ"に引き込まれる。

後半は、実物大の図案集となっている。刺しゅう糸の色番、本数(2本どり、1本どりなど)、ステッチの種類、そして随所に青木さんの「野菜を刺しゅうするこつ」。例えばニンジンのページでは、「ニンジンの葉は茎を先に刺して、それに葉をつけていく」というように。刺しゅうのたしなみのない司書まり子だが、図案のページを見ているだけでも、平面が浮き上がって立体になっていくのが想像できてわくわくする。そして、改めてそれぞれの野菜の個性に気づかされる。
表紙のニンジンの断面の謎解きはこのページに。答えは、「紫ニンジンの芯はオレンジ色です」だった。

ある本の中で見つけた青木さんの言葉、「同じモチーフを繰り返し刺しゅうすると、より簡素に表現できるようになります」が心に残っている。刺しゅうに限らず、どんな技も手仕事も同じことがいえるだろう。晴耕雨読、雨の日の一冊としてお勧めしたい。

あおき・かずこ
刺しゅうデザイナー。手芸家としてだけでなく、園芸家としても熱心な勉強を続けている。『青木和子のクロスステッチ バラと暮らす』『青木和子 旅の刺しゅう 野原に会いにイギリスへ』『青木和子 旅の刺しゅう2 赤毛のアンの島』『青木和子の刺しゅう 庭の花図鑑』(すべて文化出版局刊)ほか多数。

文化出版局・本体1,500円(税別)

「鳥と雲と薬草袋」

梨木香歩 著

あなたは"地名"にどれくらい関心があるだろうか。かの平成の大合併で消えてしまった地名、新しく生まれた地名。昔から続く土地のなにやら含蓄のありそうな地名。本書は、作家、梨木香歩さんが旅先やかつて住んだ場所などゆかりのある「土地の名まえ」をテーマに綴った随筆集である。見開き2ページでほぼ1篇、ぜんぶで49の土地を梨木さんが旅をする。大好きな鳥を探しながら、雲を眺めながら。鞄には薬草袋を忍ばせて。

著者がまえがき「タイトルのこと」で書いている。分からない土地の履歴についていろいろ準備を重ねるうち、「そういうことは、もっとふさわしい書き手がいるような気がしてきた」。それでもテーマに対する思いも捨てきれず、「薬草袋にごちゃごちゃ入っているメモのように」書いていけたら、とスタートした(初出は「西日本新聞」連載 2011年12月13日〜2012年2月28日)。薬草袋は、梨木さんが旅行鞄に忍ばせている「ごちゃごちゃ袋」のことで、常備薬と、ローズマリーやタイム、ラベンダーなどを束ねたブーケが入っている。そこに、旅先でメモした紙切れも一緒に入っているというのだ。

読者が九州管内であるという新聞社からの要望もあり、49の地名はほとんどが西日本だが、稗貫郡/ひえぬきぐん(岩手県)、小雀/こすずめ(神奈川)、善知鳥峠/うとうとうげ(長野県)、星峠/ほしとうげ(新潟)、殿ケ谷戸/とのがやと(東京都)など、関東の人間にとっては馴染みのある地名も登場する。しかしやはり九州、なかでも梨木さんの出身地でもある鹿児島県は8か所ともっとも多く採用され、また思いも深いようだ。

そんな中から一篇。姶良/あいら(鹿児島県)について、「文字が渡ってくる以前に作られたと思われる名前を持つ土地」として挙げている。確かに姶良の「姶」の字は現代社会ではほとんど見かけず、「ア・イ・ラと発音すると響きに野趣があり力強い」と。しかし、お隣の霧島などと比べて、姶良の当て字はさっぱり想像が及ばない。「このわけの分からなさがとても魅力的だ」というのがいかにもこの作家らしい。(そういえば、司書まり子の耳に残っているのは、相撲の呼び出しアナウンス「カゴシマケン アイラグン出身‥‥」だった。)

最後にひとつだけ外国の地名が登場する。それは、アドリア海のショルタ島/しょるたとう(クロアチア)にある、港の「上の方」を意味する村の名前。著者が今まで旅した中で一番素朴な名前と呼ぶその村は、野生ハーブが生い茂り、穏やかな島の暮らしに憧れて国内外から多くの人が休暇を過ごしにやってくる。(「薬草袋」の中のドライハーブはこの島のおばあさんからもらったものだった。)単に「上の方」を意味する地名が、いつしか香り高いものになりつつある。

同じく地名にはこだわりが強い者として、「地名も人名も、およそ名というものはそのように、長い年月をかけ本来の意味から自由に変化成長していくものだろう」という最後の1文には大きく頷いた。
みなさんも自分にとってのゆかりの地名を、梨木さん風に旅してみるのはどうだろう。薬草袋を携えて。

「五感インテリア・香り生活⑤」より
蓼科ハーバルノートのブーケガルニ/http://marimoliving.jp/gokan/kaori/05/index.html
撮影:狩野吉和

なしき・かほ
1959年生まれ。作家。小説に『西の魔女が死んだ』『裏庭』『沼地のある森を抜けて』『海うそ』、エッセイに『ぐるりのこと』『渡りの足跡』(すべて新潮社刊)、ファンタジーに『岸辺のヤービ』(福音館書店)ほか多数。

新潮社・本体1300円(税別)

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