まりも図書館

4月の2冊

「アライバル ARRIVALショーン・タン

「庭仕事の喜び Cultivating Delight
ダイアン・アッカーマン 古草秀子 訳

2017年4月3日更新

「アライバル ARRIVAL

ショーン・タン 作

4月。多くの人が旅立ち、まちに新顔が現れる月に、1冊の絵本『アライバル ARRIVAL』を開いてみたい。上の写真を見るとずいぶんと古めかしい古書のようにも見えるかもしれないが、日本語版の初版発行は2011年4月。オリジナル版はオーストラリアで2006年に発行され、その後世界中で翻訳発行されている。
帯のキャッチコピーに"文字なし絵本の無限大"とある通り、Ⅰ~Ⅵ(章の数字)以外に文字の類は一切ない。文字のない物語なのだ。

実は上の書影は、いつもと違いカバーを外して撮影したもの。表紙の装丁は、(永松大剛さん BAFFALO.GYM)。使い込んだ革のような‥‥旅行鞄だろうか‥‥質感と色合い。そしてずっしりと重い。カバーは、本全体をおおう大きな帯といったところ。
そのカバーの見返しにあるarrivalの辞書の引用から。「到着、(新しい方法・製品などの)出現、(季節・行事などの)到来、やって(引っ越して)来た人、新顔、新参者、誕生、赤ん坊」。
ページをめくっていくと、一人の男がトランクひとつに家族写真を詰めて海を渡り、はるか遠い異国で新しい暮らしの足がかりをつくり、残して来た妻と娘を呼び寄せるまでのさまざまなarrivalがセピア色で描かれている。

これほどに雄弁なイラストを文字に置き換えるのはおこがましく無粋ではあるけれど、司書まり子なりの"字幕"をつけてみた。

Ⅰ章 暗雲の垂れ込める不穏なまち。男は妻と幼い娘を残し旅行鞄ひとつを手に汽車に乗る。「泣かないで。ほら、折り紙だ。新しいまちから、すぐに手紙を書くからね」
Ⅱ章 大型船の船上。雲、雲、雲、雲(実に60枚以上の雲の絵)。たどり着いたのは不思議な国。入国審査、通じない言葉。気球に乗って新しいまちヘ。「方角も、時間も、何も分からない。ベッドを探さなくては」
Ⅲ章 宿に住みついていた不思議生物。「なんだ君は?」。まちへ出て切符を買い、不思議な乗り物に乗り、同じarrivalの女性の辛い過去を聞き、親切な父子の家に招かれる。異国で初めての団欒、男のそばには不思議生物がずっと一緒。
Ⅳ章 「仕事を探しに行こう」。料理屋、機械工場、お店‥‥断られ続け、ようやくありつけたポスター貼り、宅配、大型工場での検品。目の前の老人には軍隊の暗い過去がある。
Ⅴ章 「待たせたね、やっと手紙を書けるときがきた」。季節がめぐり、雪のようなものが積もったある日。相棒の不思議生物が知らせる「手紙だよ!」。男の笑顔、空を見上げる。「あの、気球だ!」駆け出す男。雪の(ような)上での再会、抱擁。
Ⅵ章 新しいまちでの、変わったようで変わらない3人の暮らしが始まる。相棒の不思議生物とまちへ出る幼い娘。まちで新しいarrivalに道案内する。パパが受けた親切と同じように。

作者ショーン・タンのあとがきに、「さまざまな国や時代の移民の方々の体験談から着想を得た」とある。日本に移民は少ないけれど、移住も転居も転校も転職もarrivalに違いない。そんなことを改めて気づかせてくれる1冊。

ショーン・タン SHAUN TAN
1974年、オーストラリアのパース郊外に生まれる。メルボルン在住。イラストレーター、作家。舞台制作や映画制作も手がける。ショート・アニメーション『The Lost Thing』が、第83回アカデミー賞短編アニメーション賞受賞。他に『遠い町から来た話』(岸本佐知子訳、河出書房新書刊)など。

河出書房新社・本体2500円(税別)

「庭仕事の喜び Cultivating Delight

ダイアン・アッカーマン 著  古草秀子 訳

まちの本屋さんが少なくなり、表紙や装丁に一目惚れして本を買う楽しみも減ったように思う。先ごろ亡くなったグラフィックデザイナー長友啓典さんの『装丁問答』(朝日新聞出版)を眺めつつ偲んでいたら、「"これだ"と思った装丁本を購入して内容のつまらないものに出くわしたことがない」という一節に出会った。いわゆるジャケ買いのヒントにと紹介されている本の1冊、『庭仕事の喜び Cultivating Delight』に司書まり子も心惹かれた。

タイトルは正確には『庭仕事の喜び Cultivating Delight A Natural History of My Garden』。直訳すれば『喜びを耕す— 私の庭の博物誌』となるのだろうか(訳者)。喜びを耕す、という言葉が新鮮だ。表紙の装画は、長友氏が一目でその絵の虜になったという大野八生(やよい)さん。ごく柔らかなタッチなので画像では少し分かりづらいかもしれないが、素足の女性が草花の間をそおっと、しかし弾むような感じで闊歩している。(表紙では片足しか見えないが、裏表紙を見ると女性の躍動感が伝わってくる)。少し揺れているスカートの裾から、草花の間を渡る風までも感じられる。

著者のダイアン・アッカーマンは、米国イリノイ州生まれの詩人、エッセイスト、ナチュラリスト。ニューヨーク州イサカ(コーネル大学などがキャンパスを構える学園都市。アッカーマンも執筆当時はコーネル大学で教えていた)の自宅の庭を舞台にした博物史であり、詩的なエッセイである。
春夏秋冬のそれぞれの扉には、古今東西の格言や詩の一節と大野さんのチャーミングなイラスト。庭好きでなくても、扉の向こうに広がる季節の庭に誘われるのではないだろうか。

春の庭に出てみよう。「ある日、雪がすっかりとけてしまうと、しばらくぶりに空気が金臭さや甘さを漂わせる。新芽のかすかな色づきや、樹液、そして土こそが、春の最初の息吹なのだ。」何か月も深い雪の中にあった庭が迎える「春」は、4月から始まり、雪のない土地に住む者にはなかなか思いが及ばない程の喜びに満ちている。最初の主人公はシカたち。臆病な彼らを驚かせないで(目を合わせるどころかチラリと見ただけでも緊張する)リンゴを放り、食べてもらうことに成功した日の幸福感を「その出来事は、ガラスの文鎮に閉じ込められた瞬間であり‥‥」と、アッカーマン独特の表現で記している。

春の庭に次々に姿を見せる花。ドワーフアイリス、スノードロップ、アネモネ、フリチラリア。知らない名前も多いが気にならないのは、咲き乱れるお花畑にいる時と同じ感覚だろうか。もちろんスイセン、チューリップ、バラ、スズランとおなじみの花たちも登場する。鳥や虫も次々に姿を表すが、ナメクジが花によじ登るところを観察中に、チューリップの花弁の中で小さな緑色のカエルが眠っているのを見つけ「ひとりでに笑みがこぼれた。なんとも愛らしい光景だ。カエルがチューリップの花の中で昼寝をするとは知らなかった」と記す。約360ページ、扉を除けば写真もイラストもない活字で埋まった本が、肩がこらずに読めるのはこうした親しみの持てるエピソードにあふれているからだろう。
同時に、ギリシャ神話、米国初の本格的園芸家としても知られる合衆国第三代大統領トマス・ジェファーソンの逸話から禅思想まで、幅広いテーマが散りばめられているので、庭好き、園芸家を自認する人でも読み応えがあると思う。

著者 ダイアン・アッカーマン Diane Ackerman
米国イリノイ州生まれ。自然誌分野のすぐれた書籍に与えられるジョン・バロウズ賞など数々の賞を受賞。著作に『感覚の博物誌』(河出書房新社刊)、『月に歌うクジラ』(筑摩書房刊)など多数。ニューヨーク州北部在住。

訳者 ふるくさ・ひでこ
翻訳家。青山学院大学文学部卒業。ロンドン大学アジア・アフリカ研究院を経て、ロンドン大学経済学院大学院で国際政治学を専攻。訳書に『失われた森———レイチェル・カーソン遺稿集』(集英社刊)など多数。

河出書房新社・本体2400円(税別)(版元品切れ、重版予定なし)

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