まりも図書館

1月の2冊

「夢十夜 他二篇夏目漱石 作

「夏目漱石博物館 絵で読む漱石の明治石﨑等・中山繁信 著

2017年1月5日更新

「夢十夜 他二篇

夏目漱石 作 岩波文庫

新年の初夢。あなたはどんな夢を見ただろうか。目覚めている時には考えられない突拍子もないことが起こったりするのが夢だけど、「こんな夢」を見る人はまずいないだろう。まりも図書館が年初めにお薦めする1冊は夏目漱石作の『夢十夜』。「こんな夢を見た。」で始まる十夜の物語は、短編ではなく小品と呼ばれている。(正確には、こんな夢を見た、で始まる話と始まらない話がある)

<第一夜>については、書き出しの数行で妖しく美しい「こんな夢」の世界へぐいと引き込まれ、すっかり虜になってしまった司書まり子としては、ここに一字一句の引用も畏れ多い。ぜひ読者自らこの文に参加し、夢に惑わされ、酔ってほしい。
ということで、ここは住まいのウェブ大学らしく「住」「空間」「時間」といった面からの描写を楽しめる<第二夜>を紹介したい。こう始まる。

 こんな夢を見た。
 和尚の室を退(さ)がって、廊下伝いに自分の部屋へ帰ると行燈(あんどう)がぼんやり点っている。片膝を座布団の上に突いて、燈心を掻き立てたとき、花のような丁子(ちょうじ)がばたりと朱塗の台に落ちた。同時に部屋がぱっと明かるくなった。

和尚、という言葉で「自分」はお寺にいることがわかる。廊下伝いに自分の部屋へ帰る、とあるので、間取り好きな人であれば和尚の部屋と自分の部屋の位置関係などのイメージも湧くだろう。行燈がぼんやり点っている、というのは、障子越しとも思えるし、部屋に入って直接行燈の灯を見ているとも取れる。ははぁん、部屋を出る時に行燈を点けて行ったのだな。「燈心を掻き立てたとき花のような丁子がぱたりと落ちる」という表現から、随分と時間が経過したことがわかる。

この3行にして、場所、時間の経過、空間の明暗など多くの情報をものの見事に表現している、とは小森陽一先生(国文学者で漱石に関する著者や講演も多い)の請け売りだが、漱石の空間描写の巧みさに唸りながら読むのも面白いと思う。
さて、燈心が燃えていた時間、自分は和尚の室でこっぴどく罵られていたのである。自分は侍、悟りを開いて和尚の命を取るか、自刃するか—— と夢はつづく。

去年が漱石こと夏目金之助の没後100年、そして今年が生誕150年ということで(49歳で亡くなった)、出版界に限らず漱石に沸いている。二松學舎大学がロボット工学者の石黒 浩さんなどと作成した夏目漱石アンドロイドも話題になり、アンドロイド漱石先生はいずれ大学で授業を行うことを目指しているというから、漱石ファンの一人としては今年も目が離せない。
漱石作品は教科書や課題図書で読んだきり‥‥という人には、大人になった今こそご紹介した岩波文庫のように気軽に読める1冊を手に、大人の味わい方をしてほしいと思う。できれば蛍光灯の灯ではなく、月明かりや雪灯りは無理だとしても、陰影のある柔らかい灯の下でどうぞ。

なつめ そうせき
1867年(慶応3年)- 1916年(大正5年)。小説家。本名金之助。

岩波文庫・本体500円+税

「夏目漱石博物館 絵で読む漱石の明治

石﨑等・中山繁信 著

漱石が世に残したのは、小説ではなく建築だったかもしれない。というのも、漱石は東京大学予備門の予科を終えて専門課程に進むとき、建築科を志望しようとしたというのだ。出典である談話筆記「落第」を当たってみると、その理由を、自分は変人だけれど、建築家という職業なら強いて変人を改めずにやっていくことができるだろうし、「美術的なことが好であるから、実用と共に建築を美術的にして見ようと思った。」と述べている。
そんな漱石の作品の舞台を、建築や東京という都市空間の視点から描いた面白い絵本を発見した。

サブタイトルに「絵で読む漱石の明治」とあるように、誌面の3分の2以上を淡いクリーム色をベースにしたスケッチ風の絵が占める。例えば上の写真のページは「scene—18苦沙彌の家」。『吾輩は猫である』の吾輩の主人、珍野苦沙彌先生の家である。平屋に書斎が曲り家風にあり、職住一致でありながら生活空間とは隔てられているのがわかる。裏には茶園や畑が広々とあり、周囲は猫の大好きな垣が張り巡らされていて、なるほど吾輩こと猫は存分に遊び回れたのだろう。

この平屋の日本家屋は、漱石の駒込千駄木の借家がモデルであり、「scene—13 千駄木の家」にはパース図でより具体的に描かれている。
さらに漱石の住居の中で一番有名な「scene—14 漱石山房」は、『硝子戸の中』の一節と共に、「scene—26 凌雲閣」は『坊ちゃん』と、「scene—28 日比谷公園」は『野分』と、「scene—47 歌舞伎座と人力車」は『それから』と、「scene—55帝国劇場」は『明暗』と、といった具合に各ページに配された作品の引用と合わせ見るのも楽しい。

柔らかな線で建物や風景はもちろん人物までも味のある絵は、建築設計士の中山繁信さん。教鞭を取られる日本大学のホームページには「学習意欲のない学生でしたが、宮脇檀先生に会って、意識が変わりました」と自己紹介文があり、人柄と作風が繋がるような気がした。
漱石文学を住まいや建築から眺めてみたい人にお薦めの、見て、読んで、識って楽しめるガイドブック。

いしざき・ひとし
1941年神奈川県生まれ。夏目漱石を中心に、近現代文学および文化を幅広く研究する。日本大学大学院芸術学研究科講師。著書に『夏目漱石 テクストの深層』(小沢書店)など。

なかやま・しげのぶ
1942年栃木県生まれ。宮脇檀建築研究室等を経て、中山繁信設計室設立。著書に『眼を養い 手を練れ 宮脇檀住宅設計塾』(共著:彰国社)など。

彰国社・本体2,000円+税

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