まりも図書館

9月の2冊

「すらすら読める 方丈記」 中野 孝次

「リフォームの爆発」 町田 康

2016年9月1日更新

「すらすら読める 方丈記」

中野 孝次 著

住むことは、生きること。このテーマを掲げるわがキャンパスの図書館に、住居論の不朽の名作、鴨 長明『方丈記』がないのはマズイでしょ……とプレッシャーを感じていたところ、講談社から出ている「すらすら読めるシリーズ」に入っているのを見つけた。このシリーズは現代語訳と解説を担当しているのが国文学者ではなく作家、文学者というのがミソ。方丈記を担当するのは、愛犬ハラスとの日々を描いた『ハラスのいた日々』で猫派の司書まり子を泣かせ、バブル謳歌の時代に『清貧の思想』で読者にガツンと衝撃を与えた中野孝次氏である。

文庫本とB6版の単行本とがあり、レイアウトはまったく同じでページ数も変わらない(文庫本には巻末に国文学者、島内裕子さんの解説がある)。文庫本でも文字は大きめで、特に余白を活かした原文の読みやすさはご覧の写真の通り。漢字のみならず歴史的仮名づかいにもルビがあってどこか台本風。いかにも"声を出して読んでくださいね"と言われているみたいだ。

著者の解説から鴨 長明(1155〜1216年)の生涯と住居歴をたどってみよう。長明さん(中野孝次さん風に呼ばせてもらうと)は、もともと祖父も父も下鴨神社の禰宜(ねぎ)という神職の家に生まれるが、和歌や音楽に深入りし、「それを(神職を)継げなかったばかりか、一族からはじき飛ばされ」、30歳余りで「前の十分の一」ほどの家を作って20年住むことに。「雪降り、風吹くごとに、危ふからずしもあらず」という粗末な家。それにしても十分の一の広さとはもともとの大邸宅ぶりはいかばかりか。

「もとより妻子なければ、捨てがたきよすがもなし。」という身軽な長明さん。50歳の春に家を棄て遁世したのち、60歳にしてついに究極の住居「方丈」を建築する。方丈とは1丈(約3m)四方の部屋。「中ごろの栖(すみか)に並ぶれば、また、百分が一に及ばず。とかく言うほどに、齢は歳歳にたかく、栖はをりをりに狭し。」現代語訳では「この宿を中年に作った家屋にくらべると、これまた前の百分の一にも及ばない。あれやこれやしているうちに、いつか年齢ばかり年々に高く、住居は移るごとに狭くなったわけだ。」
いまでいう暮らしのダウンサイジングの先駆者ともいえる。方丈の具体的な説明や隠棲の生活の楽しさを語る部分は、それまで以上に長明さんの筆が走っている。ここはぜひ原文を声を出して読み、その勢いを感じたい。巻末に添えられた「鴨 長明の庵 想像図」を合わせ見ると、一層イメージが膨らむ。

住居哲学としての一面から本書を紹介してきたが、実は『方丈記』の前半は、長明さん自身が実際に体験した5つの大災害、大事件の回想となっている。「世の不思議を見る事、ややたびたびになりぬ。」と。5つの不思議とは、大火、辻風、福原遷都、大飢饉、そして大地震。その描写について中野孝次氏は「長明さんは自分の目で見て確かめたことしか記さず、ルポルタージュ文学としてもゆき届いている」と評価している。氏の長明さんへの、あるいは『方丈記』への関心と共感は全編に感じられるが、もしも天国での鴨 長明×中野孝次の対談が実現しているなら、ぜひ聞いてみたい。どんな所に住み、どんなことをすれば、この短い人生を安らかに生きることができるのか——— 長明さんと同じ問いを持つすべての人に薦めたい1冊。

中野 孝次(なかの こうじ)
1925年(大正14)千葉県生まれ。東京大学文学部独文科卒。国学院大学教授をへて作家活動にはいる。『ブリューゲルへの旅』で日本エッセイスト・クラブ賞、『麦熟るる日に』で平林たい子文学賞など。2004年(平成16)死去。

講談社文庫・本体520円(税別)

「リフォームの爆発」

町田 康 著

なんとも気になるタイトルと、どきりとする表紙の装画(ミロコマチコ画)にそそられて、おそるおそるページを開いた司書まり子。そこには、「はじめに」もなければ「序」もない。もちろん目次もない。頼りになるのは帯の1文「ただならぬ、文学的ビフォア・アフター! 犬と猫と、熱海で暮らす作家の自宅大改造。」のみ。

そちらがその気ならこちらも、というわけで、いつものようにメモをとったり付箋を普通に貼ったりするのはやめ、3色の付箋を笑いの程度に応じて貼り分けて読み進めることにした。
くすっと笑い、緑。大笑い、ピンク。止まらないほどの笑い、黄色。

まず、著者がリフォームを決した2008年7月の時点における「拙宅の不具合」とは
① 人と寝食を共にしたい居場所がない二頭の大型犬の痛苦
② 人を怖がる猫六頭の住む茶室・物置小屋、連絡通路の傷みによる逃亡と倒壊の懸念
③ 細長いダイニングキッチンで食事をする苦しみと悲しみ
④ ダイニングキッチンの寒さ及び暗さによる絶望と虚無
の4点だった。結論からいうと、②の猫六頭を著者の仕事場に移し(当時、町田氏が書き物をするのは午前中だけで、人がいないと寂しがる犬にとっては①のごとく不都合だが、猫にとっては好都合だった)ダイニングキッチンと茶室を隔てていた壁を壊してひとつながりのLDKとする。これにより、12畳だったダイニングキッチンは16.5畳と広がった(ただし南北への拡張のみ)。そして④の寒さと暗さ対策には、念には念を入れる。南側に巨大な窓を取り付け、トップライトを設け、床にはガス温水式床暖房システムを張り巡らす。さらには「工務店の制止を振り切り」外壁と内壁の間の断熱材をすべて更新。

残ったのは③の「細長いリビングダイニングキッチンで食事をする苦しみと悲しみ」。ここから、東西方向へ拡げるための、帯の表現を借りれば「理想と妥協の蟻地獄」が始まるが、なんとか解決策を見いだし東西方向へ拡げることに成功し、その過程で生じた「流し台が部屋のど真ん中にあることによる鬱陶しみ。」も解消する。

問題はすべて解決したのに著者は「これに満足せず、もっと解消したいような気分になった。これこそがあの恐るべき永久リフォーム論である。」「頭では理解できていても、身体が勝手にリフォームしてしまうのだ。」「リフォームやめますか。人間やめますか。」そんな問答をしながら、著者はさらなる空間の広がりを求め、掃き出し窓の外に二十畳大のウッドデッキを拵えるのである。

以上で著者宅の不具合はすべて解消されたのであるが、司書まり子の付箋、それもピンクや黄色が増えていったのは、この先後半から。工事の一つひとつがドキュメンタリータッチで語られる部分である。工務店の担当者、U羅君をはじめ、大工、電気屋、建具屋さん、クロス職人、洗面台などを取り付ける設備屋、そしてクリーニング軍団。彼らの服装から人相、言動までを、あるときはその暴力的気配におののきながら細部まで観察し、その不安要素とは対象的な仕上がりに静かに驚く。その人間模様の描写は町田 康氏の真骨頂。可笑しい中にも職人たちへの敬意が感じられて読後感がよい。リフォームする人への さり気ない教訓やアドバイスも読み取れる。

告白すると司書まり子が貼付けた付箋は30枚に及んだ。どうやら笑いのツボにはまったらしいが、親しい友人のリフォーム話をウィスキーでもちびりちびりと飲みながら聞くような、そんな心持ちで読むのがお薦めの1冊。

町田 康(まちだ こう)
1962年(昭和37)大阪府生まれ。町田町蔵の名で歌手活動を始め、1981年パンクバンド「INU」の『メシ喰うな!』でレコードデビュー。1996年(平成8)、初の小説『くっすん大黒』でBunkamuraドゥマゴ文学賞・野間文芸新人賞、2000年『きれぎれ』で芥川賞。

幻冬舎・本体1500円+税

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