まりも図書館

7月の2冊

「人にはどれだけの物が必要か —ミニマム生活のすすめ—」
鈴木 孝夫

「百年の家」
絵/ロベルト・インノチェンティ 作/J.パトリック・ルイス 訳/長田 弘

2016年7月1日更新

「人にはどれだけの物が必要か
—ミニマム生活のすすめ—」

鈴木 孝夫 著

当キャンパスで最近話題になっているのが、6月公開の「こう住む、ああ住む」対決に登場する、こだわりゼロの人。家探しは流れのママ、物にもこだわらず、冷蔵庫さえコンセントを抜いている! こだわりゼロとまではいかないまでも、本屋をのぞけばミニマリストと呼ばれる"持たない暮らし"礼賛の本がずらり。そんな中で、どこか佇まいの異なる文庫本を見つけた。著者名の鈴木孝夫が、最初はあの言語社会学者と同姓同名の若者なのかしら? と疑った司書まり子だったが、果たして同一人物だった。

刊行されたのは平成6(1994)年。いまから20年以上前、鈴木先生はその時点ですでに長い間、できるだけ物を買わず、捨てず、拾い、手をかけて直すという生活を送っていた。「最小の物資、エネルギー消費で最大の幸福をつかもう」をモットーに。
拾ってくるのは、電気器具、革製品、家具類、食器や家庭用雑貨、衣類など、食品とガソリンとパイプの煙草以外のほとんどといってもいい。なかでも新聞雑誌など紙類を拾い集めてリサイクルの流れにのせることにかけての執念と実践がすごい。夜の愛犬の散歩時、左手で犬のヒモを引きながら、ゴミ集積場に捨てられている新聞紙を右手で拾い、家まで運ぶ。

なぜそこまでして? 鈴木先生いわく「地球は私のもの、私は地救(球)人だから」である。人類が長年、もっと豊かな生活がしたいと努力を続けてきた結果、急激に悪化させてしまった地球環境を救いたいからである。それを思想や主義主張ではなく、楽しみとしてやる。どこが楽しいかというと、自治体を悩ませているゴミをほとんど出さなくてすむ。物を買わないからお金があまり要らない。お金が要らないから、無理をしてまで働かなくてよい。その結果、自分が本当にしたいことをする時間が生まれる。毎日が楽しくて、世に言うストレスとかコンプレックスとか無縁の人生を送っている、と。

文庫版の巻末に添えられている経済学者、浜矩子さんの「実はひねくれ大先生へのオマージュ」も楽しいが、司書まり子の心に残ったのが「個性的な生き方のすすめ」の章。鈴木先生とて最初は廃品拾いの現場を誰かに見られるのは恥ずかしかったが、地球環境の悪化や森林資源の荒廃問題に詳しくなるにつれて自分の行為に自信がわき、恥ずかしさは消えたという。地球の生態系が多様でないと危険なように、人間の社会も多様でないと危ない。個性的であることが、社会の健全さを増す。自分のような(へんな)生き方は、自分にしかできないのだと。
少し暮らし方を変えてみたい、みんなと違う暮らし方に自信がなくなった、というようなとき、参考にはならないが救いになりそうな1冊。

鈴木 孝夫(すずき たかお)
1926(大正15)年、東京生まれ。慶應義塾大学文学部英文科卒。同大学名誉教授。専攻は言語社会学。著書に『ことばと文化』(岩波新書)、『閉ざされた言語・日本語の世界』(新潮選書)など多数。

新潮文庫・本体490円(税別)

「百年の家」

絵/ロベルト・インノチェンティ 作/J.パトリック・ルイス 訳/長田 弘

「古い家のない町は、思い出のない人と同じ」という画家・東山魁夷の言葉が引用された6月の「美しい人」インタビュー。カール・ベンクスさんの再生した古民家の美しさに見とれているうち、古い家が主役の1冊の絵本を思い出した。ずっと廃屋だった"わたし"こと石と木の家が、1900年からの百年を物語る。

1656年につくられたのち、ずっと廃屋だった"わたし"。
わたしをやっと見つけてくれたのは、キノコとクリを探しにきた子どもたちだった。
1900年のこと。新しいいのちが吹き込まれ、わたしは二十世紀を生きることになる。

左ページには年号とそこに住む人たちの暮らしのワンシーン。
その右ページには、わたしの語りが4行。
まるで一篇の詩のような味わい深い翻訳文は、詩人、長田 弘さんによるもの。
余白が想像力をかきたてるページをめくると、わたしを囲む自然と人々が丹念に描かれる。
ロベルト・インノチェンティの絵は、動きも表情も静かなのに、ひとり一人のこころからの喜びや幸福感が伝わってくる。

こうして"わたし"は、いのちの誕生を、戦争(1918 第一次世界大戦)で夫をなくす妻の悲しみを見守りながら、人々とともに日々を積み重ねていく。
つかの間の平穏な日々ののちに、やがて訪れる大きな戦争(1942年 第二次世界大戦)。わたしは、何もかもなくした人たちの避難所になり、傷つきながらも生き延びて、それからも家族の別れや、葬式に立ち会い……。

雨の日の弔いのページが印象的だ。古い家"わたし"も泣いているように見える。いや、泣いている。
自然と家と人々と暮らし。どれもが共鳴し合いながら歳月を紡いでいくのだということ、どれかひとつが欠けても幸せにはなれないのだということを、考えさせられる。百年の間に移り変わる、人々の洋服や周囲の自然を、ページを行きつ戻りつしながら見比べるのも楽しい。

絵/ロベルト・インノチェンティ
1940年、フィレンツェ生まれ。『エリカ 奇跡のいのち』『くるみわり人形』『ピノキオの冒険』などで知られる世界的な絵本画家。

作/J.パトリック・ルイス
1942年生まれ。経済学の教鞭をとった後、詩人、絵本作家として活躍。主な作品に『ラストリゾート』。アメリカ、オハイオ州在住。

訳/長田 弘
1936年、福島生まれ。詩人。代表作に、詩集『深呼吸の必要』『食卓一期一会』、絵本『森の絵本』など多数。2015年5月没。

講談社・本体1900円(税別)

ようこそ、マリモリビングオープンキャンパスへ学長メッセージ 開校のごあいさつ