ゼミナール

「五感インテリア」ゼミナール

温故知新のインテリア ⑥

千年の時を越える香り

2017年4月3日更新

五感の中では弱い「嗅覚」ですが、
昔から日本では「香り」はたしなみであると同時に
コミュニケーションの手段でもありました。
香りの奥深さに触れ、現代の暮らしでも
自分らしい「香りライフ」を楽しんでみましょう。

古今和歌集から現代歌謡曲に通じる香り
さつき待つ 花橘の 香をかげば
昔の人の 袖の香ぞする

古今和歌集に「よみひとしらず」として載せられている歌です。

5月を待って咲く橘(たちばな)の花の香りをかぐと、昔愛した人が袖に焚きしめていた香りが思い出される・・・そんな歌です。これは伊勢物語にも載っていて、こちらでは別れた奥さんと再会した時に詠んだという、ちょっと意味深な歌となっていますが、古今和歌集のように状況があいまいな方が、橘の香りがきわだって、懐旧の情をかきたてますね。

それでふと思い出したのが、松任谷由実さんの隠れた名曲「コンパートメント」。別れた人への思いを断ち切ろうと、ひとり旅に出る女性。恋人と同じコロンをつけている人とすれ違うと思わず振り向いてしまう、という切ないエピソード。「香り」は軽々と千年の時を越えて、私たちの共感を呼び覚まします。

このように「香り」というのは「記憶」と密接に結びついているようです。

五感の中でも、人間は8〜9割の情報を視覚から得ていて、次に聴覚が1割程度、嗅覚は3〜4%に過ぎません*。にもかかわらず、「香り」や「匂い」が強烈に記憶を呼び起こすことがあるのはなぜでしょうか?

その理由は、嗅覚は脳の中でも情報処理をする前頭葉ではなく、より動物的な本能に近い大脳辺縁系に直接届くので、快・不快などの感情、記憶と結びつきやすいようです。また、短期的な記憶は視覚の方が強いのですが、時間とともに薄れていく一方、嗅覚の記憶は時間がたってもあまり失われない、とも言われています。

あなたにも、「昔、大好きだったおばあちゃんちの匂い」とか、「何年も前に行った海外旅行の市場の香り」など、大切な思い出と結びついた香りがあるのではないでしょうか?

また、なぜだかわからないけど「なつかしい香り」「心地よい香り」というのも、深い記憶の底とつながっているかもしれません。

※五感による知覚の割合は、様々な調査方法があるため、複数の調査の概算値です。

源氏物語~見えないコミュニケーション~

古典をひもとくと、源氏物語はまさに「薫り」「香り」の宝庫です。

屋内で焚く「空薫物」(そらだきもの)や、衣に焚きしめる「衣香」(いこう)は、その人の品格や家柄、センスまで表すものでした。

光源氏、紫の上、藤壷の宮、明石の君、花散里・・・皆それぞれに印象的な花や香りの表現と結びついています。当時、香料は仏教とともに入ってきた舶来品で、それを使うことは貴族のステイタスであり、香料のブレンドや香り具合(ほのかにさりげない方が好まれたようです)によって、それをまとっている人自身を特定することもできました。

結婚していない男女が直接、顔を合わせられなかった時代ですから、御簾ごしに交わすわずかな会話や手紙のやりとりの他には、居合わせた空間を満たしている香りや、闇に消えた衣の残り香など、香りと香りのやりとりがコミュニケーションの大切な手段だったといってもいいでしょう。五感の中で、わずか3〜4%の情報量しか持たない香りを通して愛を交わし合っていたなんて、まさに夢幻の世界です。

時に香りは、拒絶や嫌悪の手段にもなりました。

空蝉は、闇を這ってくる源氏のかすかな衣ずれと香りをいち早く察知するや、衣一枚を残して逃げ去ります。

みなしづまれる夜の 御衣のけはひ
やはらかなるしも いとしるかりけり
かかるけはひの いとかうばしく うち匂ふに(中略)
暗けれど うちみじろき寄るけはい いとしるし

六条御息所は嫉妬に身を焦がし、我知らず生き霊となって恋敵のもとへさまよいます。気づくと、体じゅうに祈祷で焚かれる芥子の香りが染みついていて、洗っても洗っても消えないシーンは、ぞっとしつつも哀れをかきたてます。

あやしう 我にもあらぬ御心地を 思しつづくるに
御衣なども ただ芥子の香に しみかへりたる
あやしさに 御泔(みゆする)参り(髪を洗い)
御衣着かへなどしたまひて 試みたまへど…

おそらく、当時この物語を読み聞いた人たちは、芥子の香りがありありと蘇り、現代の私たち以上に強烈な印象を抱いたに違いありません。

現代のインテリアと香り

さて、現代のインテリアの中で、香りはどのように取り入れたらいいでしょうか?

現代では源氏の時代と違い、香りは「たしなみ」や「コミュニケーション」ではなく、石鹸・化粧品や芳香剤などの実用的なフレグランスか、「癒し」というリラクゼーションを求めて用いられる場合がほとんどでしょう。

香りの楽しみ方は、まさに本能や感情と直結しているので人それぞれですが、「五感インテリアゼミナール」の「もっと豊かに『香り生活』」では、「香りは目に見えないインテリア」として、さまざまな香りとのつき合い方をご紹介していますので、ご自分と相性のよさそうな香りを、ぜひ普段の暮らしに取り入れてみてください。

ルームフレグランスやポプリ、ハーブから食卓のワインの香りまで、多彩にご紹介していますが、
そのすべてに共通するのは、数百年の時をかけて、まるで熟成するようにじっくりと極めてきた
「上質な香りの世界」が日常で味わえることです。

現代では、さまざまな生活臭は避けられませんし、人工的な芳香剤や化学物質に対してアレルギーを起こす方もいらっしゃるので、なるべく「自然の香り」を大切にしながら、我が家が「大切な記憶の箱」になるように演出したいですね。

そうそう、時々ある方が、仕事の書類などを送ってくる時にも、一筆箋に小さな文香などを添えてくださることがあり、やはり受け取ると風雅な気持ちになります。「コミュニケーションとしての香り」も、こんなさりげない場面で復活できるかもしれませんね。

Column
コップ1杯でできるアロマテラピー

アロマテラピーをやってみたい。でも、お店に行ってもアロマ(精油)はたくさん種類があるし、道具も何をそろえていいかわからない・・・という方に。すぐにできる簡単アロマテラピーをご紹介。マグカップ(アロマ専用にしちゃいましょう!)にお湯を入れて、お気に入りのアロマを1、2滴垂らして、ゆっくりと湯気を吸うだけ。すぅ~っと深呼吸して、リラックス。アロマはご自分の好きな香りでOK。最初のうちは雑貨屋さんのオレンジやラベンダーなどが安価で手に入れやすいでしょう。お家でも、オフィスでも、旅先でも、自分だけのくつろぎ空間がすぐ作れますよ。

(※飲まないように気をつけてください)

イラスト:平澤朋子 Tomoko Hirasawa

1982年、東京生まれ。武蔵野美術大学卒業後、フリーのイラストレーターとして児童書の挿絵や装画、雑誌、広告など様々な媒体で活動している。挿絵・装画を手がけた主な児童書に、『緑の模様画』『ニルスが出会った物語/全6巻』(以上福音館書店)、『青矢号』(岩波少年文庫)、『世界の果ての魔女学校』『あしながおじさん』(以上講談社)、『わたしちゃん』(小峰書店)、『親子あそびのえほん』(あすなろ書房)などがある。

●ウェブサイト http://studio-dessin.com/

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