ゼミナール

「五感インテリア」ゼミナール

温故知新のインテリア ③

「陰翳礼讃」にみるトイレ

2016年3月18日更新

住まいの中で、どうしてもサブ的な
位置づけになってしまうトイレ。

でも、トイレで過ごす時間を
「自分らしさに戻るとっておきの時間」と考えれば
少し工夫して演出してみたくなります。

今回は、名著に記されたトイレ論をひもとき
居心地の良い小空間について考えてみましょう。

谷崎潤一郎が愛したトイレ

『陰翳礼讃(いんえいらいさん)』といえば、谷崎潤一郎の代表エッセイ。陰翳によって生かされる美しさこそ「日本の美」であると説いた名著は、建築に携わる人の必読書ともなっています。この中で、住まいや器、能の衣装などと並んで、ひときわ熱く「トイレ」について語られているくだりがあるのをご存じでしょうか?

そこでは「(夏目)漱石先生は毎朝便通に行かれることを一つの楽しみに数えられ、それはむしろ生理的快感であるといわれた」と書かれ、谷崎自身も「便所が瞑想に適する場所である」(厠のいろいろ)と語っています。

確かに現代でも、「仕事に行き詰ってトイレに行ったらアイデアが浮かんだ」などの経験をお持ちの方もいるのではないでしょうか? 単なる生理的・機能的な場所ではなく、精神も落ち着かせる場所としてのトイレは、どんな場所であるべきなのでしょうか? 『陰翳礼賛』ではこう書かれています。

「私は、京都や奈良の寺院へ行って、昔風の、うすぐらい、そうしてしかも掃除の行き届いた厠へ案内されるごとに、つくづく日本建築の有り難みを感じる。」
「日本の厠は実に精神が安まるようにできている」
「それらは必ず母屋から離れて、青葉の匂いや苔の匂いのして来るような植え込みの蔭に設けてあり、廊下を伝わって行くのであるが、そのうすぐらい光線の中にうずくまって、ほんのり明るい障子の反射を受けながら瞑想に耽り、または窓外の庭のけしきを眺める気持ちは何ともいえない」

さらに、「されば日本建築の中で、一番風流に出来ているのは厠であるともいえなくはない。総てのものを詩化してしまう我らの祖先は、住宅中でどこよりも不潔であるべき場所を、かえって、雅致(がち)のある場所に変え、花鳥風月と結び付けて、なつかしい連想の中へ包むようにした」と記されています。

これらの名文に触れるにつけ、現代の私たちが、とくに水周りに関しては、主に清潔・機能を重視し、谷崎が言うところの「雅致」(風流な趣)や「花鳥風月」と結び付けて連想をたくましくする古の日本人の感性からは、遠く隔たってしまったことに気づかされます。

居住空間と機能空間の「あわい」を楽しむ

とはいえ、トイレを緑豊かな離れに配置する贅沢はなかなか難しく、すでに谷崎自身が西洋文明の便利さを目の当たりにして、「眼前に便利な器具があれば、風流不風流を論じている暇はない」とも述べています。自宅のトイレの床には、楠の板を張りつめ、日本風の感じを出してはみたものの、やはり便器は陶器の水洗式に軍配が上がり、好み通りのトイレ空間をつくるのは諦めざるを得なかったようです。

しかし、谷崎先生が熱く語った「瞑想に適する場所」としてのトイレづくりのスピリットは、現代でも応用できそうです。そこで、ヒントになる言葉に出会いました。

「やはりああいう場所(厠)は、もやもやとした薄暗がりの光線で包んで、どこから清浄になり、どこから不浄なるとも、けじめを朦朧とぼかしておいた方がよい」

ここでは主に「光」について述べられていますが、「清浄」と「不浄」のけじめを朦朧とぼかす、聖俗のあわい(間)をあいまいにする、という空間づくりの発想は参考になるのではないでしょうか。

そういえば、ちょっと雰囲気のある料亭やレストランなどに行った時、トイレの雰囲気が、メイン・スペースのテイストと統一されていて、好感が持てることがあります。

自宅のトイレも、リビングなどの部屋とまったくかけ離れた、機能的な空間にするのではなく、たとえばリビングで基調としている色を繰り返してみるとか、自分が好きな絵葉書や花を飾ってみるとか、「その場所にいると自分らしくなれる」ような工夫を積極的にしてみてはいかがでしょうか? ある映画好きの方のお宅では、これから見たい映画のチラシがトイレの壁に貼られ、小さなギャラリーのようになっていたのが印象的でした。

「消臭」「消音」など嗅覚・聴覚的には引き算重視の空間だからこそ、視覚は思い切りプラス発想で楽しんでみたいものです。それにより五感を呼び覚まし、リフレッシュして日常に戻れるきっかけになるかもしれません。

引用出典:「陰翳礼讃」谷崎潤一郎(角川ソフィア文庫)

Column

世界中のいろんなトイレを見てきましたが、究極なのは「砂漠のトイレ」。まさしく砂漠のど真ん中を旅する時は、砂漠すべてが広大なトイレです。見渡す限りの地平線、灼熱の太陽が降り注ぐ下、解放感があるかと思いきや、やはり落ち着かないもので、人々から離れてしばらくウロウロと動き回り、わずかにある岩場や木の陰となる場所を選びたくなります。紙を使うとゴミになるので、ペットボトルに入れた水を使用します。

やはり、日常の住まいのトイレは「小さく区切られた自分だけの空間」というのが、リラックスの必須条件のようですね。

イラスト:平澤朋子 Tomoko Hirasawa

1982年、東京生まれ。武蔵野美術大学卒業後、フリーのイラストレーターとして児童書の挿絵や装画、雑誌、広告など様々な媒体で活動している。挿絵・装画を手がけた主な児童書に、『緑の模様画』『ニルスが出会った物語/全6巻』(以上福音館書店)、『青矢号』(岩波少年文庫)、『世界の果ての魔女学校』『あしながおじさん』(以上講談社)、『わたしちゃん』(小峰書店)、『親子あそびのえほん』(あすなろ書房)などがある。

●ウェブサイト http://studio-dessin.com/

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