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「五感インテリア」ゼミナール

もっと豊かに「香り生活」 ⑤

蓼科ハーバルノート 萩尾エリ子さんを訪ねて
「香る植物の豊かさ」

2016年9月1日更新

信州蓼科の森の中。
小さな小屋のような薬草店
「蓼科ハーバルノート・シンプルズ」
草と香りの物語を紡ぐ萩尾エリ子さんを
一緒に訪ねてみましょう。

萩尾エリ子さんのプロフィールはこちらから

手の平にすっぽり収まるほどの小さな香りの花束。オレガノの花、ミント、ゼラニウム、タイム、ヤローフラワーなど、香る草花を束ねてプレゼントやお見舞いに。。

この薬草店はライブな場所
訪れたその人の、そのときだけの香り…

かわいい小屋のようなショップの前にたたずむだけで、草花の芳香に包まれる。屋根の苔や草は時間がくれた屋根飾りか。

2015年の冬に発行された1冊の本、『香りの扉、草の椅子』(地球丸刊)は、それまでのハーブ関連の本とは少し趣が異なっていました。冬から始まるハーブショップの物語は、ふんだんな写真が伝える四季の暮らしとともに、著者である萩尾エリ子さんの詩的な文章から、香りと草に対する深い思いが伝わってきたからです。

私の知っているハーブやアロマはほんの入り口で、香りにはまだいくつもの扉があるに違いない。その扉の奥にはどんな世界が広がっているのだろう。
そう思って「蓼科ハーバルノート・シンプルズ」に向かいました。

中央本線茅野駅から車で約20分。別荘地の森の中に木造りの小さな家とその隣にさらに寄り添うように建物が2つ。車から降りたつと、すぐに何層もの香りに包まれます。

「この家自体が匂っているんですよ。薬草のショップを始めて40年近くも経っていますから」

出迎えてくださった萩尾さんは、小さな小屋と一緒に絵本から抜けだしたような、フェアリーな雰囲気の方です。前日の長野地方は豪雨だったため、日差しがもどって気温が上がってきたこの日の朝のこの時間、「いつも以上に植物が匂っている」ということでした。

「ショップには遠方からもお近くからもいろいろな方がおみえになりますが、その中には、何か心身の不調にお悩みの方や困っていらっしゃる方もあります。そういう方にとっては、この薬草の家に来て、香りに包まれながらハーブティーを飲み、私やスタッフと話をし、庭を歩くという時間を過ごすことに意味があるようです」

だから、ここはライブな場所。訪れたその人の、そのときだけの香りに出会える場所なのです。

ハーブのガラス瓶が並んだ棚がシンプルで美しい。亡きご主人が開店当初に手づくりされた棚をいまもそのままに使っている。

厳しい自然の中で学んだのは
待つということ、積み上げていくということ

それにしてもずいぶん古びて小さな家です。

「東京で背伸びしながら仕事をしていたころ、原村あたりの別荘見学があって、無料でお弁当付きというので気軽に参加したのがきっかけです。何度か通い、最初は土地だけを借りて、というようなことを経てこの場所、この建物に出会うわけです。

聞けば、戦時中に小学校の山の農場として使っていた建物を、戦後に開拓農家であった大家さんが買って、荷車を曳いて移築したのだと。私はひと目で気に入り、そのまま使うからということで貸してもらえることになりました。子どもの頃から小屋好きなんですよ(笑)。茅野駅から車の窓をあけて走ると少しずつ香りが変化して、町の匂い、畑の匂い、そしてここは森の匂い、と。ここだな、私が住むのはと思いました」

ただ、標高千m超のこの場所は、冬は零下15度になる日もあるほどの厳しさ。それでも、この土地に入植した人たちの厳しく質素な生活に思いを馳せながら、待つということや、積み上げていくということを、身を以て学んでいったそうです。

陶芸か薬草か———。働く手だてとして萩尾さんが選んだのは薬草でした。
「植物のほうが、育てるのに時間はかかるけれど人の役に立つかもしれないと思って。フランスの薬草薬局の写真を見て、それに憧れたのもありました。そこからカモミールのこと、ミントのこと、一つひとつ自分で勉強していきました。

そうしているうちに、伝承されているこうしたハーブたちには、もしかしたらものすごい力があるんじゃないか、と思うようになって。実際に当初はぽつりぽつりだったお客様がリピートしてくださるのです。胃の調子がよくなったみたい、とか言って。当時まだ小さかった息子も、風邪をひいたとき、熱をだしとき、ハーブで治してきました。上手に使えばハーブは本当に役に立つんだと自信を深めていきました」

以来、たくさんのハーブを一つひとつ育て、味わい、伝統の組み合わせを参考にしながら、日常にふさわしいお茶になるようにブレンドし、オリジナルの自慢のハーブティーが生まれていきました。『香りの扉、草の椅子』の中にも、基本のドライハーブやブレンドが丁寧に記されています。

本の虫だった少女時代から本はいつもそばに。著書『香りの扉、草の椅子』には、香りと向き合う中で磨かれた言葉と文章が。

ショップ猫のわさび(♀)は17歳。いつも玄関のベンチで昼寝、「気に入った人だけ庭を案内する」という。

ハーブの暮らしへの簡単な活かし方について、ショップのスタッフでアロマ・インストラクターでもある永易理恵さんに教わりました。

「ハーブを使ったり保存したりするときに大切なことは、なるべく香りが高い時期に採るということです。夏場のこの時期に収穫した生のハーブを使えば、香りがよく、色もきれいなルームスプレーが簡単に作れます。写真は生のレモンバーベナで作ったものですが、手に入りやすい、ミントやローズマリーもおすすめです。

冬場の煮込み料理に使うブーケガルニも、夏場にハーブを収穫して乾燥させて保存します。ご自分のキッチンに自分が作ったものがあるというだけで生活が潤いますよね。

そしてハーブティー。夏はフレッシュがおいしい季節ですが、季節を問わず楽しめるのはドライのハーブティーです。今日は蓼科ハーバルノートのオリジナル"秋のハーブティー"を淹れてみましょう」

左)生のハーブで作るルームスプレー。写真はレモンバーベナを無水エタノールに2週間ほど漬け込み、抽出して2割ほど精製水を加えたもの。生のハーブで作ると緑の色がきれい。
中)ハーブの香りがよい夏場に収穫してブーケガルニに。乾かして保存しておくと、冬場の煮込み料理に使える。写真はオレガノの花とタイム、ローズマリー。
右)「秋のハーブティー」をガラスポットに入れてお湯を注ぐ。リンデンフラワー、ピンクローズ、ポットマリーゴールド、マローブルーなど。色とりどりの植物が舞うよう。

五感の中で嗅覚はもっとも大事な感覚
香りを活かせば人生が豊かに、心が柔らかくなると思う

『がんばらない』などの著者、鎌田 實先生のいらっしゃる諏訪中央病院は、ハーブガーデンの素晴らしいことでも知られています。この庭は30年以上前、萩尾さんと鎌田先生、そして今は亡き今井 澄医師との会話から生まれたもの。増築や予算の問題で幾度となく場所が変わるなどの危機をくぐり抜け、いま、50〜60名のグリーンボランティアの手によって管理されています。

広々としたガーデンを萩尾さんに案内してもらう間にも、車椅子の患者さんが咲き乱れるハーブの間をゆっくり押されていきます。途中、ベリーの実をとって口にする様子も。

「私は小さな花束を持って、よく病室へうかがいます。何も言わずに手渡すと、みなさん、はぁ〜っ、とおっしゃる。例えば精神科で言葉が通じない、言葉を受け入れない患者さんでも、香る花束に顔を近づけるとあっという間に表情が変わります。

あぁ、香りって、言葉では入れないところに飛び込んでいけるのだなと気づきました。その後で、手を触らせてくださる方であれば手に触れる。言葉はいらないか、ひと言、"外の景色がきれいですね"でもいいし、"お辛いですね"でもいい」

香りが人との距離を縮める働きをしてくれる———。この話を聞いたとき、香りの扉が1枚開いた気がしました。

諏訪中央病院のハーブガーデンにて。病棟の各部屋からこの庭が眺められる。右奥のシンボルツリーはリンデンバウム(西洋菩提樹)。

病院のホームページには定期的にハーブガーデンの写真が掲載されるなど地域と病院の宝物となっている。

ガーデンに点在するユニークな作業小屋もボランティアのお手製。「陽なたぼっこ」の文字は鎌田先生によるもの。

「五感の中でも嗅覚は、現代社会であまり注目されませんが、もっとも大事な感覚だと思います。見るとか聞くとかは、情報過多で自分の感覚を頼ることは難しいですし、味覚もグルメ番組や雑誌のランキングに頼ったりしますよね。人工のものを嗅ぎ続けると慣れてしまうので、本物を嗅ぐことで鼻も鍛えられます」

この一年の間に二人の親友を亡くされたという萩尾さん。緩和ケア病棟やICUの中で、「有り難いことに、現場の医療者は慎重でありながら寛容でもあり」ハーブやハーブウォーター、精油などを使うことができました。植物の気配に満ちて、そこにいたすべての人、患者さんだけでなく家族、医療スタッフもみな優しくなって、いい時間が流れていったそうです。

"香りを暮らしに活かせば、人生が豊かになり、心が柔らかくなるように思います"という萩尾さんの言葉をかみしめて、私たちも香りの扉の奥へ踏み入っていきたいものです。

Photographer's Eye

プロフィール

萩尾エリ子(はぎお えりこ)
ハーバリスト。ナード・アロマテラピー協会認定アロマ・トレーナー。ハーブとアロマテラピーの専門店「蓼科ハーバルノート・シンプルズ」を主宰し、アロマテラピー講座や病院でのグリーンボランティアを通して、植物の豊かさを伝えている。
著書に『八ヶ岳の食卓』(西海出版)、『ハーブの図鑑』(池田書店)、『香りの扉、草の椅子』(地球丸・天然生活ブックス)ほか。

蓼科ハーバルノート・シンプルズ
長野県茅野市豊平10284
http://www.herbalnote.co.jp

取材:2016年8月
撮影:狩野 吉和(株式会社 フレンズ)

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